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ep.3 ヒーロー失格
いつもと変わらない自室内。
そこに入った途端、岩片の顔色が変わる。
どうしたのだろうか。思いながら岩片の視線の先に目を向けた俺はある一ヶ所の異常に気付く。
岩片が五条を監禁していたはずの物置部屋の扉が開いていたのだ。
元々鍵は取り付けられていなかったので開こうと思えば簡単に開くはずなのだが、岩片の話によると五条は身動き取れない状態だっただろうし、岩片の性格だ。扉を閉め忘れるなんてうっかりをするはずがない。なにより岩片の様子からしてそれはよくわかった。そして嫌な予感というのは当たるようで。
薄暗い物置部屋の中、そこに五条の姿はなかった。
五条祭は逃亡した。
「あんの眼鏡……」
場所は変わって居間。
そう忌々しそうに吐き捨てる岩片は苛ついたように勢いよくソファーに座る。
眼鏡が眼鏡にキレている。
「なあ岩片、ちゃんと監禁してたんだろ?」
「ああ、椅子の足と肘置きに縄で縛り付けて放置してたんだけどなあ」
「手足削ぎ落とすべきだったか」そう珍しく動揺を見せる岩片はそう譫言のように呟く。
冗談にしては笑えない。というか冗談に聞こえない。
「でも、そうだとしたら五条一人じゃ無理だろ。ちゃんと縛ってたんだろ?」
このままではとばっちりが来そうなので強引に話を変えてみれば、神妙な顔をした岩片は「まあな」と頷いてみせる。
「どーせ生徒会とかが手ぇ貸したんじゃねえの」
「どうやって入るんだよ。ちゃんと密室だったよな」
「鍵を紛失したときに職員室かどっかでカードキーを借りれるようになってるんだろ。多分、それ使ったんじゃね」
「それか、まだこの部屋のどこかにいるかだ」その岩片の言葉につられて、俺は辺りに目を向けた。
特に荒らされたような形跡は見当たらないし、人影も見当たらない。
岩片の言葉を聞いてふとあることに気になった俺は、岩片に目を向けた。
「そういや、さっきお前鍵使わないで入ったよな」
「んー、ああ。そうだな」
「出ていく時は鍵かけたのか?」
もしまだここに五条がいるとしたら鍵は開いたままになっているはずだ。
そして岩片が最後出てきたときに鍵を掛けたのなら、壊された様子もない扉を見る限り第三者がカードキーを使って侵入して来たのは間違いないだろう。
だとしたらそのカードキーの使用履歴を確かめればすぐに分かるはずだ。
しかし、すべては岩片が戸締まりをちゃんとしたことが前提になる。
俺の考えていることがわかったようだ。少しだけ難しい顔をした岩片は、「覚えてない」と続けた。
「覚えてないって」
「直人からハジメが具合悪そうだから迎えに来てくれって連絡来てからすぐ、慌てて行ったからさーそこまで気ぃ回んなかったんだよ」
そう、悔やむように続ける岩片の言葉に俺は目を丸くさせる。
あの岩片が慌てるだと。
常ににやにやにやにやと余裕ぶってるところしか記憶にないお陰で全く想像つかないが、岩片の様子からすればそれはまじのようだ。
少し、驚いた。自分のためにあの岩片が取り乱すなんて。
「もしハジメになにかあったら面倒だからな、後先。それに、弱ったところを優しくしてやってベッドに引きずり込んでやろうかと思ったけどすっかり調子よくなってるみたいだし無駄足だったな」
ああ、こいつもちゃんとした人間なんだなとじんわりきた矢先これだ。
そんなことだろうと思ったけどこう、もう少し隠すことは出来ないのか。俺の感動を返していただきたい。
「つーか、なにかあったらすぐ呼べっつっただろ」
そして、ソファーにふんぞり返る岩片は長い足をふてぶてしく組み直しながらそう続けた。
相変わらずの偉そうな態度に内心むっとしつつ、俺は岩片の向かい側のソファーに腰を下ろす。
「お前だって五条に構って忙しかったんだろ? 言っても『自分でなんとかしろ』とか言うだろ、どうせ」
「なんだハジメ、お前拗ねてんの?」
そう言い返す俺に対しどうやら岩片はまた都合のいいようひん曲がった解釈をしたようだ。
「馬鹿だな、そんなわけないだろ。ハジメのためだったら全部後回しにさせるって」そう口許に薄く笑みを浮かべる岩片は「暇なときならな」と続ける。
本当こいつは余計な一言が多いというかなんなんだ、新手の照れ隠しか、普通に傷付くからやめろ。
とまあ、そんな感じで現状確認をし終えた俺たち。
「取り敢えず、一応部屋も探すか」
「ああ、そうだな」
岩片が覚えてないだけに確証はなかったが、見て損はないだろう。
思いながら立ち上がったとき、動揺ソファーから腰を持ち上げた岩片は俺に背中を向け玄関へ歩いていく。
「おい、どこ行くんだよ」
「職員室」
「職員室?」
なんで職員室なんだ。
と思って、先ほどのカードキーについての会話を思い出す。
そうか、カードキーを借りるならあそこだろう。
確かに手っ取り早いっちゃ手っ取り早い。
そう納得したときにはもう既に岩片は部屋を出ていっていて、一人ぽつんと取り残された俺は静かに閉まる扉を見詰める。
「……」
まあ、探索は一人でも出来るしな。
事態が事態だ。
分担した方が早い。
そう一人完結した俺はもう一度五条が監禁されていた物置部屋を覗いてみることにした。
薄暗い部屋の中。
壁に掛かるはモザイクを掛けたくなるような数々の禍々しい器具。
部屋の中央には上等な黒革のチェアーが置かれており、その足元には千切れた縄が落ちていた。
窓は高い位置に一枠あったが頑張っても猫一匹が通れるくらいでとても人が通れるような代物ではない。
ということはやはり玄関から入って出ていったということだよな。
というか自室にこんなおどろおどろした施設を作らないでほしい。
なんて思いつつ、一頻り部屋を歩いてみては押し入れやクローゼットを開く俺だったがやはり五条らしい影は見当たらない。
「……」
やっぱりいないな。
そう小さく息を吐いた俺は他の部屋を確認するために一旦居間へと戻る。
そして、そこで蠢く人影に目を丸くした。
黒いもじゃもじゃした頭に、パーティーグッズのような瓶底眼鏡。
「あれ? 岩片お前もう戻ってきたの?」
「きゃんっ!」
つい先ほど出ていったばかりの同室者にそう声をかけたときだった。
丁度俺のクローゼットの前に立っていた岩片は奇妙な声を上げながら慌ててクローゼットを閉める。
きゃんってなんだ。というか、なんか声高くないか。
またよくわからないキャラ作りして遊んでいるのだろうかと思いながら「つーか、お前のクローゼットはあっちだろ」と言いながら岩片の元へ歩いていこうとしたときだった。
あわわわと取り乱す岩片は近付いてくる俺から逃げるように後退り、そして脱兎の如く駆け出す。
「あっ、おい岩片!」
すばしっこい動きで玄関から外へ飛び出す岩片になにがなんだかわからなくなった俺は呆然と閉まる扉を見詰めた。
なんだったんだ……。
一度ならぬ二度までもまたぽつんと取り残された俺は内心呆れつつ、岩片の奇行は今に始まったことではないので構わず部屋の探索を再開させることにする。
岩片が逃げ出すこと暫く。
訳のわからぬままとにかく俺は自室を隅々まで調べ、結局五条を見つけ出せなかった俺は諦めソファーで一息吐いていた。丁度そのときだ。
「ただいまー」
玄関の扉が開き、体を傾けるように目を向ければそこには岩片がいた。
「おー、おかえり」と声を掛ければ、岩片は小さく頷き返し何事もなかったかのように向かい側のソファーにどかりと座る。
「取り敢えずマサミちゃんに複製のカードキーのことで聞いてきた」
「へえ、どうだった」
促すように正面に座る岩片に視線を送れば、岩片は「まあ、収穫ありだな」と口角を持ち上げ相変わらずどこか自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
「俺がカードキー借りにきたんだって」
「ああ、なるほどなあ。岩片がか。………………はい?」
「だから、俺がカードキー無くしたから鍵を開けてくれって言いに来たんだってよ。さっき」
来たんだってよって、ちょっと待った。
頭がこんがらがってきた。
担任の宮藤雅己曰く失物時に使用できるカードキーは存在しており、そしてそれを借りに来たのは岩片だという。もうこの時点で色々可笑しいわけだが。
「岩片お前、鍵持ってたよな」
「ああ。要するに俺のフリした誰かさんがこの部屋に入ったってことだろ」
「そんな馬鹿な」
岩片の真似だなんてそんななにも得しないようなことするやつがいるわけがないだろう。
そう、呆れたように目を丸くさせたときだった。
「あ」
ふと、脳裏に先程部屋でちょろついていた岩片を思い出す。
もしや。もしかして。
ふと思い付いたひとつの可能性に俺は思いきって尋ねることにした。
「……そう言えば、さっきお前出ていって暫くして戻ってきたよな」
「は? いつ?」
「だからさっき。職員室に行くっつってから」
もしかしたら。
その不安を拭うため、一か八かで単刀直入に岩片を問い詰めてみるが、岩片の反応はというとあまりよくなかった。
「んや、普通に職員室行って今戻ってきたばっかなんだけど」
「…………」
なんでそんな意味のわからないことを聞いてくるんだとでも言いたげな岩片はそう、逆に不思議そうな顔をしながら答えた。
ああ、間違えない。さっき見た岩片の違和感はこれだったってわけか。
人の顔を見るなり逃げ出した岩片、もとい偽岩片を思い出し、俺は確信した。そして、口にする。
「俺、もしかしたらお前の偽者見たかも」
「なんだって?」
「さっきお前が出ていった後部屋探してこの部屋に戻ってきたときお前がいたんだよ。声掛けたら『うわっ』て言ってすぐ逃げてったけど。岩片じゃないならやっぱあれだな」
「どんなやつだった?」
「もじゃもじゃしててそういう瓶底眼鏡掛けてた」
「俺じゃん」
「だからお前だって」
あれが岩片の偽者だとすれば宮藤の元に訪れ、カードキーを使用した岩片の説明がつく。
「他になんか覚えてねえの?」そう尋ねてくる岩片に、徐に背凭れに背中を預けた俺は「最初あんま気にしてなかったからなあ」と眉を寄せた。
そして、先程の偽岩片が現れたときの光景をなるべく鮮明に思い出そうとし、ハッとする。
「あ、そういや声が高くてちょっとちっちゃかったような気がする」
こうして本人を目の前にしてみると、体格体型からして全く岩片と似ても似付かないことに気づく。
ふんぞり返るように座る糞偉そうな岩片とあのどこか小動物染みた動きをする偽岩片の接点といえば、あのもっさいモジャモジャ頭とパーティーグッズのような瓶底眼鏡くらいだろう。
どうやら俺の中でモジャモジャと瓶底眼鏡=岩片という定義が出来ているようだ。口にすると岩片が煩いので敢えて黙っておく。
「五条祭じゃなかったのか?」そう尋ねてくる岩片に少しだけ考え込んだ俺は「あー、違うな」と答えた。
まず、身長や体格からして違う。五条よりも偽岩片は小さい。
五条とあまり体型差がない俺が偽岩片を見下ろすくらいなのだから。
「まあいいや。取り敢えず俺の偽者のことも気を付けなきゃな」
「けど、まずは五条祭だ。ぜってーあいつ取っ捕まえてやる」そして、早速いつもの調子を取り戻した岩片は唯一露出した口許に軽薄な笑みを浮かべる。
楽しそうな声とは裏腹に、その声に五条に対しての鬱憤が含まれているのを感じた。
無理もない。
楽天家な岩片だが、唯一、自分のプライドを傷つけられることを嫌う。
「ハジメ、お前も五条祭見付けたらもうぶん殴ってでもいいから捕まえとけよ」
ああ、これは五条祭に同情せずにはいられない。
思いながら、凶悪な顔をした岩片に目を向けた俺は「りょーかい」と小さく笑い返した。
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