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02

 翌日。  相変わらず逃亡した五条は見付からず、朝からどこか不機嫌オーラを纏う岩片を岡部に押し付け、俺は単独で五条探しに精を出すことにする。  朝、職員室。さっさと食事を済ませた俺は担任の宮藤雅己に会いに来た。 「おーおはよ、今日はちゃんと遅れず来たみたいだな」  どこか気だるそうな顔をした水商売風の優男もとい宮藤雅己はアクビ混じりに笑いかけてくる。  相変わらず教育指導者には見えない担任に俺は「まあな」の苦笑した。  そして、早速本題に入ることにする。 「そんで雅己ちゃん、聞きたいことあんだけど」 「聞きたいこと?」 「おー? 勉強する気になったか?」と嬉しそうにする宮藤に、俺は昨日のカードキーを貰いに来たらしい偽岩片のことと五条祭のクラスを尋ねた。  偽岩片の方は目ぼしい収穫はなかったが、五条祭のクラスはわかった。  三年E組。クラスが階級式になっているこの学園にとっての最底辺クラス。  まあ、結果がなんであろうがわかっただけでも良い方だろう。が、不思議とやる気が出ない。  宮藤曰くD組E組は別の棟に隔離されているらしく、職員室やクラスであるA組などがある一般棟から行くには一度靴に履き替える必要があるそうだ。実に面倒臭い。  別に校舎を用意されるなんてどこまで迷惑がられているんだD組E組はと呆れたが、宮藤の話を聞く限り本人たちは特別扱いされて喜んでいるようだ。  その話を聞いて益々テンションが降下するのがわかった。  というわけで、俺はE組がある棟へと向かった。俺ってほんと健気。  校舎を出た俺は、校庭の奥にひっそりと佇むとある棟の前まで来ていた。  宮藤から聞いた、DEクラスがあるという棟だ。面倒なのでDE棟と呼ぶことにする。  その棟はABCクラスがある棟より後に出来たはずなのに外装はボロく、その壁は落書きの上から落書きを重ねたような賑やかさというかなんかもう元の壁の部分が見えない。  まあ、最低のことは想定していたので別に驚きはしない。  寧ろ地面に座って段ボールを机代わりにしてるんじゃないかと思っていたので建物の形を残していたことに驚いた。それもすぐに決壊しそうだが。  ガラスというガラスを粉砕したそのDE棟を一通り見渡した俺はその周囲の静けさになんとなく嫌な予感がする。  誰も来ていないのだろうか。まあ、中途登校が当たり前の学校だからな。寧ろ、いない方がましだ。  思いながら、俺は魔境・DE棟へと足を踏み入れる。  人がいないという俺の期待はすぐに裏切られることになった。  吸い殻や空き缶、ゴミで散乱したDE棟一階。どうやらここは三階建てのようだ。  あながち一階一年、二階二年のように学年ごとに分かれているのだろう。  内装に特に広さはなく、本当、教室を隔離するために造った場所のように感じた。  二つの教室が並び、そこを通り過ぎればエレベーターがあり、それ以外は特になにもない。  敢えて言うなら、外見同様棟内もボロいということだろうか。  いや、薄汚れていると言った方が適切かもしれない。  どっちでもいいか。  思いながら俺はエレベーターの扉の前に座り込む一年らしき生徒数人に目を向ける。  菓子袋広げてくっちゃべるその生徒の周辺には食べ滓やらが散乱し、なんというか甘ったるい匂いが鼻につく。  自分に向けられる複数の視線。別に不良高校で不良が不良していることに対してどうも思わないが、なんというか非常に通りにくい。  広くはないエレベーター前廊下。  俺は、目の前の生徒の足を大股で越えながらエレベーターを目指すことにした。なんかのアトラクションと思えば悪くない。 「誰あいつ」 「あれだろ、噂の転校生」 「イケメンの方」 「今年のあれか」 「ああ、生徒会の」 「……」  にやにやにやにや、くちゃくちゃくちゃくちゃ。  一年らしき不良たちは本人を前に大きな声で会話を交わす。  まるであのコンビのイケメンの方と言われてるみたいで岩片とワンセットにされてるのが気になったが、イケメン扱いされて悪い気はしない。  まあ、不躾な視線を快感に思えるような性癖もないわけだが。  と言うわけで、無事絡まれたり集られたりすることもなくエレベーターに乗り込むことが出来た。  転校初日から薄々気付いていたが、どうやら俺たち転校生は有名人らしい。  恐らく、生徒会の毎年恒例のあのゲームも関係してるのだろう。  DE棟、三階。  ニコチンが充満したエレベーター機内を降りた俺は、廊下に出た。  閑散とした廊下だったが、奥の教室の方はなにやら賑やかだった。  相変わらず窓ガラスの破片が散乱したそこは声が筒抜けになっており、その声がする方へと向かえば、そこは俺の目的地である三年E組の教室があるではないか。  扉があったであろう空いた壁からちらりと覗けば、教室の中央、十人くらいの生徒が集まってなにやらゲラゲラ笑いながら騒いでいた。教師の姿が見当たらないのだがどういうことなのだろうか。  廊下以上に汚い教室の中、五条の姿はない。  まあ、すぐに見付かるとは思ってはいなかったが落胆せずにはいられない。  わざわざサボってまで来たのだから、このままノコノコ帰るのも癪だ。  と言うわけで、俺は一番近くにいた三年に声をかけることにした。 「すみません、このクラスに五条って人いませんか?」  あまりにも香水臭いので教室の入るのを躊躇った俺は、言いながらノックの代わりに壁を数回叩く。  瞬間、止まる笑い声。水を打ったように瞬時にして静まり返る教室内、その場にいた全員がこちらを見た。嫌な威圧感。  あれ、ちゃんとノックしたよな。なんて思わず再確認したくなるほどの嫌な空気に内心冷や汗が滲む。 「君さぁ、尾張元君、だっけ。なに? 五条探してんの?」  そう思ったとき、ふとリーダー格らしき三年がこちらに近付いてくる。  ニコニコと人良さそうな笑み。  おお、話通じそうな人がいてよかった。  安堵しながら「まあ」と頷き返せば、三年は笑う。 「駄目だなあ、タダで教えるわけねーじゃん。ほら、家金持ちなんだろ。一万! そしたら五条の居場所教えてやるよ」  下品に頬を弛めにやにやと挑発的な笑みを浮かべる三年は言いながら手を差し出してくる。  ……どうやら俺は人を見る目がないようだ。  ここまですさまじい速度で裏切られたのも初めてかもしれない。 「はは、やっぱいいっす」  笑顔を浮かべたまま、そう軽く受け流す俺は言いながら教室から離れようとする。  そして、三年に二の腕を掴まれ無理矢理引き留められた。 「逃げんなよ、ちゃんと教えてやるから」  絶対嘘だな。直感でそう悟った。 「俺、現金は持ち歩かない主義なんで」 「嘘付けよ、坊っちゃんなんだろ? 金目のものぐらいあるだろ」  そんなに金が欲しいなら札束ビンタでも札束バスで窒息死でもさせてやるが、生憎現金を持ち合わせていないのは事実だ。  それにこの学園では現金の代わりにカードキーがある。  金目のものどころか邪魔なものは持ち歩かない主義だし、三年の期待には答えられないだろう。  まるで逃がしやしないとでも言うかのようにギリギリと指を食い込ませ、食い付いてくる三年に呆れたように眉を寄せた俺は「……だから」と唸るように三年を睨んだ。  真っ正面から目が合う。  視線が絡み合い、三年は笑った。 「こりゃ服ひん剥いて探し出した方がはええな」  本当、短絡的な人間は嫌になる。  その声に反応するように囃し立てる周囲に顔を引きつらせた俺は口の中でため息をついた。  そして、ぐっと制服を引っ張られそうになり咄嗟に振り払った俺は、腕を掴んでいたリーダー格の三年の顔面目掛けて拳をめり込ませる。  先手必勝とはよく言ったものだ。  瞬間、怯んだ三年の腹部を蹴り付け、強制的に自分から離す。  そのまま吹っ飛んだ三年は教室に転がった机にぶつかり、そのまま呻きながら踞る。  逃げるが勝ちってな。  三年を一瞥し、そのままその場を後にしようとしたときだった。  廊下に、人が集まっている。否、そこには自分の周囲を囲う人垣が出来ていた。  囲まれた。野次馬か、それともこいつらの仲間かはわからなかったかがこんな距離詰め寄る野次馬がいて堪るか。  咄嗟にどこかガードが緩いところがないか見渡したとき、背後にいた生徒に腕や肩を引っ張られた。 「離せって、おいっ」  服を腕を髪。至るところを引っ張られ、羽交い締めにされる。  制服を脱がすように引っ張られ、身体中を複数の手にまさぐられてまで大人しく出来るほど俺もあれではない。  ああ、せっかく修復したばかりのシャツをそんなに引っ張るな。せめて丁寧にボタンを外してくれ。 「|乃愛《のあ》ちゃーん、言われた通り尾張元捕まえたよー。うん、そうそう、3E」  床に放られ、もみくちゃにされる俺を愉しそうに眺めながら笑うリーダー格はよろよろと立ち上がり、なにかほざいてる。どうやら携帯電話で誰かと話しているようだ。  なんとなく会話が気になったが、現在進行形で服剥かれそうになってる俺にそっちに気を回すほどの余裕はなく、ボタンを押さえるだけで精一杯だった。  おい誰だ今然り気無く人のちんこ触ったやつは。ああくそ、我慢出来ない。  あまりにも乱暴な扱いに耐えられず、手っ取り早く目の前にいる生徒をぶん殴ってやろうかと拳を硬く握り締めたときだった。 「校則第七条、生徒間での金銭の貸し借り、賭博、カツアゲなどのやり取りを一切禁ずる」 「っていうことだから、ほら、じゃあここにいる皆は指導室に行こうね」声が、響いた。  慌ただしく騒がしい喧騒の中、柔らかく透き通る声が。  誰だ。そう、声がする方に目を向けたときだった。  背後から腕を引っ張られ、無理矢理人混みから引き摺り出される。  力強い手の感触には、見覚えがあった。その心当たりを思い出したときだった。  ぶん、と空を切る音がし、視界になにかが過る。竹刀だ。竹刀の切っ先に、周囲に出来た人垣は乱暴に薙ぎ払われる。  正確には、周囲の人々が距離を置いたといった方が適切なのかもしれない。 「三年が後輩に集ってカツアゲだと?」  先程とはまた違う凛とした声が静かに鼓膜を揺らす。  すぐ背後からする聞き覚えのあるその声にぞくりと全身が粟立ち、緊張した。そして、慌てて耳を塞ぐ。

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