49 / 109
07
【side:岩片】
五条の野郎をとっ捕まえるために岡部とともに遥々生徒会室までやってきた俺はそのままノックもせず扉を開く。
するとそこには無人のゴミ屋敷が……と思ったら見知った顔を見付けた。
何故か置かれた全身鏡の前、髪を弄りめかし込んでいた赤髪のそいつはどこかソワソワしながらこちらを振り返る。
「なんだ、遅かっ……ひぃっ!」
生徒会会長、政岡零児はずかずかと入ってくる俺たちを見るなりなにかモンスターかなにかが現れたような不適切なリアクションを返してくれる。
ひいってなんだよ、ひいって、化け物かなにかか俺は。
「んだよ、零児しかいねーの?」
「おい零児、五条祭はどこにいんだよ」仕方ないので逃げようとしている零児の腕を引っ張りながら尋ねる。
「おいっ触んな……って、は? 五条?」
そして聞き覚えのあるらしい固有名詞に反応する零児。
なんでそんなこと聞くんだという意外そうな顔。
しかしそれも束の間。
俺の肩を掴み、無理矢理引き剥がそうとしてくる零児は「知るか」と声を荒げた。
「大体なんでお前に教えなきゃなんねーんだよ! あっち行け! 部屋が汚れる!」
すでに汚れてんじゃねえか。
それとももしかしたらこいつは細菌レベルのことを話しているのか。どちらにせよ面白くはないが。
「岩片君、結愛ちゃんたちもいないようですね」
俺が零児を捕獲している隙に部屋を調べた直人はそう躊躇いがちに声をかけてくる。
「んだよ、無駄足かよ」わざわざこの俺が足を運んできてやったというのにこの結果は宜しくはない。
そうかそれなら仕方がないなと引き返すような真似だけはしたくなかった俺はなんとしてでも五条を誘き出させることにする。
「おい零児、今すぐお前んところの補佐を呼び出せ。今すぐだ」
「うるせぇな、俺に命令すんじゃねえ。俺はいまお前に構ってる暇なんかねえんだよ」
「はあ? この俺がわざわざ会いに来てやったっていうのに俺より大切な用があるって言うのかよ」
「当たり前だろうがっ! いいから出ていけ! 寄るな! 触るな! 半径五十メートル以内近付くんじゃねえ!」
個人的に威勢がいいやつは嫌いではないがそれは下半身の話だ。
交渉にすらならないやつはまず論外。
こうなったら無理矢理でも大人しくさせるか。
疲れるような真似はしたくないが他に方法がないので仕方ない。
「い、岩片君……」
「大丈夫大丈夫、悪いけど直人仮眠室の方ちょーっと調べてきてくんねえかな」
「あ、は……はい」
「あああ二人きりにすんじゃねえ! おい平凡! 空気読むなコラ!」
「ではごゆっくり」と微笑みを浮かべ颯爽と立ち去る直人。
嫌な予感でも感じたのだろう。顔を青くした零児の制服を掴み、自分に引き寄せる。
「糞、離せ」だとか「触んな糸が腐れる」だとかなんだとかまるで人をバイオテロかなにかのように好き勝手言う零児は全力で抵抗し、そのせいで掴んでいたシャツのボタンが何個か飛んだ。
元から着乱れしているのであまり興奮しない。悪くはないが。
「チッ、じたばたすんじゃねえよ。すーぐ終わるからな?ほら、大人しくしろ」
そして、あまりにも暴れるので首根っ子を掴み、そのまま壁と向かい合うように押し付ける。
尚も暴れる零児だが体勢のお陰で背後に立つ俺に手出し出来ないようだ。
このままこの背中を眺めながらバックで挿入するのも悪くはないだろうが、俺も長くはもたないだろう。
流石この学園の頭張ってるだけあって零児の腕力は伊達ではない。
一時的に相手の動きを封じ込めるのが限界で、この腕を振り払われる前にやつの携帯電話を探すためにやつの制服をまさぐったときだった。
バンッとけたたましい音を立て生徒会室の扉は勢いよく開く。
「政岡零児! 貴様今度はなんの騒ぎだ!!」
そう怒鳴りながら部屋に入ってきたのは風紀委員長、野辺鴻志と他風紀委員たちだった。
散乱したインテリアグッズを竹刀で払いながらずかずか生徒会室に足を踏み入れてくる野辺鴻志だったがその壁際、壁にすがり付き俺に体をまさぐられているこの部屋の主の姿を見付けるなりそのまま静止した。見事な硬直。
「糞風紀! よかった! 助かった! おい今すぐこの糞もじゃをどうにかしてくれ!」
そしてそうやってきたのが敵の大将だというのに心の底から安堵したように声を上げる零児にまだ野辺鴻志は動かない。
「おい、ふ……おわっ!!」
そして無反応の風紀を不審に思った零児が呼ぼうとしたときだった。
パシィンといい音を立て壁に叩き付けられる竹刀。
間一髪、その先端を避けた零児は恐る恐る頭部のすぐ側に叩き付けられた先端を横目に見る。
そしてその目先には竹刀を握り締めた野辺鴻志が顔を強張らせ、ショックを受けたように蒼白になっていた。
「貴様政岡零児どういうつもりだこれは! 不純同性交遊とはいいご身分じゃないか!穢らわしい!とうとう見境なくなったかこの発情猿が!! せめて相手を選べ相手を!!」
「なんで俺を殴るんだよ意味わかんねえ!! どうみても不純なのはこいつだろうが!! こっちは襲われてんだろ助けろよお前風紀だろうが!!」
唾を飛ばし合いぎゃあぎゃあと言い争う二人に「ぷぷっ」と小さく噴き出せば「笑ってんじゃねえよこの糞もじゃ!!」と零児に怒鳴られた。
地獄耳かこいつ。
そしてそんな噛み合わない二人の言い争いを見兼ねたのか風紀委員の腕章を着けた金髪の男子生徒が二人の仲裁に入る。
「まあ、とにかく落ち着きなよ二人とも。君たちの声で鼓膜が破れそうだ」
言いながらソファーとテーブルの上に置いてあったものを床の下に落とす金髪の風紀委員は人数分のティーカップとティーポットを手に優雅に微笑む。
「ほら、おやつの時間だ。紅茶を飲んで一息つこう」
「お前はなに勝手に寛いでんだ!!」
適切な突っ込みだった。
そして「しかもちゃっかり捨ててんじゃねえよこの野郎」と金髪に殴りかかろうとする零児と、揉め事が大きくなり始めたときだった。
不意に、仮眠室の扉が開く。
「会長、なんの騒ぎですか? 仮眠室まで声がキンキン届いてましたよ」
「……って、あなた方は」仮眠室から現れた生徒会副会長、能義有人は寝ぼけ眼のまま部屋を見渡し、そして招かれざる大勢の訪問者の姿に目を丸くした。
風紀委員の腕章をつけた生徒の姿に驚いているのは有人だけではなく、その後ろからついて現れた岡部直人は野辺たちに驚いたような顔をする。
それは風紀委員も同じだった。
「次から次へと沸いてくる、ええい面倒だな。おい寒椿、全員まとめて指導室へ引っ張り込め! 生徒会役員は全員強制送還だ!」
「ざけんじゃねえ! 冗談はそのだっせえ頭だけにしろ! 帰りたきゃ一人で帰ればいいだろうが!!」
「というか早く助けろ!!」喚く各組織のトップに有人もただ事ではないと思ったようだ。
訝しげに野辺鴻志を睨み付ける。
「一体風紀委員の方々がなんの用ですか?乱パなら今日では「能義、お前は喋んな!」
そして箝口令を敷かれていた。
「岩片君、なんかやばいですよ」
揉める風紀と生徒会になにか察知したようだ。
寒椿とかいう金髪の風紀委員からティーカップを受け取りソファーの上で寛ごうとしていた俺に「お茶飲んでる場合じゃありません」と小声で急かしてくる直人。
そしてその横でティーカップに紅茶を注いでいた寒椿は「ほら、そこの君も一緒に」とそれを直人に手渡した。
「あ、ありがとうございます。……えへへ」
紅茶を飲んでる場合じゃないといっていたのはどの口だろうか。
嬉しそうに頬を綻ばせ、「あ、ちょっとこれ熱いですね」「紅茶は煎れ立ての薫りが一番いい」なんて早速和みだす直人。相変わらず流されやすいやつだ。
そのときだった。
「ちょっと待って下さい貴方それまさか……」
漂う紅茶の淡い薫りに気付いたのかこちらに目を向けた有人は目を見開く。
ショックを受けたような顔。
流石の有人も勝手に生徒会室を荒らされて寛がれて頭に来ているのだろうか。意外だ。
そして、絶句する有人を気にするわけでもなく相変わらず飄々とした寒椿は「ああ、そこの箪笥のような箱に入っていたから淹れさせてもらったよ」とティーカップ片手に上品に答えた。
「箪笥のような箱じゃなくて正真正銘の箪笥だからな、お前さっきからほんと然り気無く失礼だな」
「そしてそれはティーポットではなく私の屎尿瓶です。勝手に使わないでください」
そして然り気無く問題発言を口にする有人に、丁度ティーカップに口を付けていた直人は「ゴフゥッ!」と噴き出した。汚い。
「し、は……?」
「てめえ能義なんてものを食器棚にならべてんだよ……っ!」
「いえ、トイレに行くのが面倒だったので……」
「ふざけんじゃねえ! お前俺昨日あれでコーヒー炊いたばっかだぞ!!」
「スパイスが利いて美味しかったでしょう」
「殺す! お前今日こそ殺す!」
「いやですね、ただの冗談ですよ。この私が皆様にただで聖水を飲ませるわけないじゃないですか、ふふふ」
「嘘つけ能義! お前今ちょっと目がまじだったぞ!!」
「私はいつでもまじです」
「尚更最悪じゃねーか!」
絶句する寒椿に青ざめる直人、そして怒り諸々で顔を真っ赤にした政岡零児vs能義有人という奇妙な構図が出来上がった生徒会室のソファーにて。
俺はティーカップに残った紅茶を飲み干し、かちゃりと小さな音を立てて皿の上に置いた。
ともだちにシェアしよう!