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 というわけで、流されるがまま俺は五条の部屋へとやってきた。  三年学生寮は二年よりも廃っているというか汚い。途中の廊下に書かれた名前やら相合傘やら公衆便所並の落書きは最早芸術の域だ。頭が。  三年がかくのは卒業アルバムの寄せ書きくらいに留めておけよと想いながらもやってきた五条の部屋。  カードキーを使い、開いた扉から部屋の中へと足を踏み入れる五条の後を追い、俺はそこへとのこのこ入っていく。  部屋の広さは俺達の部屋と然程変わらないが……なんでだろう、やけに広く感じるのはもしかしたら部屋にものが少いからかもしれない。 「あんたも一人部屋なのか?」 「んや、相部屋。っつっても停学食らってるからいてもいねえのと同じだけどな。だから気遣わずに好きなだけしていいからな」 「なにを」 「そりゃオナごふっ」  おっと足が滑って履きかけたスリッパが五条の顔面に飛んでいってしまった。うっかりうっかり。 「……にしても、わりかし片付いてんのな」 「惚れ直した?」 「まあな」  もとより惚れ直すほど惚れてないが意外なのは確かで。  すげー汚いゴミ屋敷みたいなの想像していたが、実際の五条の部屋はどちかといえば無駄なものがなく、だからといって不自然なくらいものがないわけでもなく、几帳面。という感想が真っ先に頭に過ぎった。 「尾張はここ好きなように使っていいから」  きょろきょろと見渡していると、ふと声を掛けられる。そういって五条が指すのは五条のルームメイトが使っていたらしいベッドで。 「ん、ああ、ありがと……って、五条はどこで寝んだよ」 「俺は俺の部屋があるから」  そう答える五条の目が一瞬泳いだ。その言葉が妙に引っかかって、「部屋?」と辺りに視線を向けた時。  不意に、部屋の奥に一枚の扉を見つけた。いや、それだけなら然程気にも止めないのだが、その扉のドアノブには何重もの鎖が絡み付き、更に幾重のも南京錠がぶら下がってるではないか。 「ここがお前の部屋なのか?」  まるで開けてくださいと言わんばかりの存在感を発するその扉に触れようとしたときだ。 「すとおおおおっぷ!!」  凄まじい声とともにタックルかましてくる五条の体当たりをまともに喰らい、「ぐえっ!」とダメージ受ける俺。  なにをしやがるんだこいつはと睨みつければ、やけに狼狽える五条は全身で扉を遮った。 「こここは関係者以外立入禁止なの! 尾張入っちゃ駄目! Don't touch the door!!」  なんだその流暢な英語は。ちょっとムカツクが、それよりも引っ掛かるところがある。 「俺、関係者以外?」 「あっ、当たり前じゃん! なにいってんだよ!」 「……」 「いくら尾張が可愛く上目遣いして頼んできてもダメなもんはダメ!」  くそ、意外としぶといな。  自分が五条にとって関係者以外に含まれているという事実に結構ショック受けてる自分が意外で、少し、驚いた。  でも、そこまで隠されると、無理矢理暴きたくなるってもんなので。どうにかして覗くことはできないだろうか、なんて思案するように無言で視線を下げればどうやら五条は俺が凹んでると思ったようだ。 「ここには色々大切なのがあるから触られたら困るんだよ」  そう言う五条は珍しく真面目な声だった。  そんなに大切なものってやっぱり写真とか情報データ関連だろうか、なんてぐるぐると考えながら一先ず俺は自分の好奇心よりも捕まえなければならない五条との信頼関係を優先させることにした。 「……わかった、触らない」 「悪いな。でもちゃんと協力はするから」 「じゃないと困る」  五条の大切なものを盗み出し、俺の貞操の代わりにそれをネタに脅してこいつをタダ働きさせることができれば、それが一番理想なのだが。  五条の部屋へやってきたはいいが、このままだらだらと寛ぐつもりはない。それは流石に五条も同じようだ。 「取り敢えず、なにか知りたいこととかあんのかよ。生徒会役員全員のプロフィールくらいならすぐ用意できるけど」 「そうだな、取り敢えず全部はめんどくせえから嫌いなものだけ教えてくれ」 「特に政岡と能義」神楽は置いといて、比較的要注意しなければならないのあの二人だ。  残念な話、俺の力技だけでは自信がない。単刀直入に尋ねてみれば、五条は腕を組み、少しだけ考え込む。 「嫌いなものかー。俺も色々調べてみたんだけど、取り敢えず会長様はピーマンと人参とグリンピースと幽霊と毛虫が大嫌いだな」  小学生か。悲しいくらい予想通りだが。 「副会長様は今のところ不明」 「不明ってなんだよ」 「俺も色々試して副会長様の嫌いなもの探るために虫投げつけたり料理や下駄箱に色んなもの詰め込んでんだけど大体のもの全て普通に受け流すんだよなー」  さらっととんでもないことを言ったぞコイツ。でも、それが本当ならかなり面倒じゃないのか、もしかしなくても。確かにあいつが嫌いなものって想像つかないというか……。  なんかないのだろうか、なんて頭捻っていると「尾張も調べといてよ!」なんて五条が頼み込んできた。 「頑張ってな」 「笑顔で丸投げされた……!」  いやだって専門外だし。正直な話、能義はまじで苦手なのであまりお近付きになりたくない。  なので俺は「五条ならできる」とやつの肩を叩いて励ましとく。  白い五条の視線が痛いがまあいい。人間得意不得意というものがあるのだ。  ごほんと咳払いをし、気を取り直した五条は携帯を取り出した。 「んで、会計様は非処女全般と猫と勉強と図書館が嫌いらしい。特に会計様の性経験者嫌いはうちでも有名だからなぁ、自分は遊びまくってるくせにって」  それを操作しながら、五条は続ける。  政岡と比べやけに生々しい単語が飛び出し、俺は顔を引き攣らせた。 「あの、一応聞くけど…………非処女って、女のことだよな」 「まあそうだな、ああみえて結構な女嫌いでさぁ、そのくせヤリ捨て当たり前で売春紛いのことして補導されてたときもあったな。俺的にはボーイミーツボーイのが美味しいんだけどな!」  相変わらずの五条の戯言は置いておいて、神楽の女嫌いは俺としても初耳なわけだが……想像できねえ。  以前、ここに来たばかりの時入った神楽の部屋を思い出す限り遊んでいることには確かだし、でも、女嫌いってことはやっぱり……そういうことなのだろう。いや、まあ、しゃぶらされそうになったことがある今、あいつがノーマルな人間ではないことはわかっていることなのだが。非処女だろうと処女だろうと基本オールオッケーな寛容的な俺からしてみれば神楽の偏食は興味があった。 「神楽の非処女嫌いってことは初めての子を神楽が、その、ヤッた場合も入んのか?」  恐る恐る聞いてみれば、五条は「入るな」と大きく頷いた。  まあ、想像ついてたけど、想像出来ない。というか意味がわかんねえ。やべえ、処女がゲシュタルト崩壊起こしはじめた。 「生徒会周辺は特にしつこく嗅ぎ回ってんだけど、多分、今尾張がBADフラグに気をつけねえといけないのは神楽麻都佳だな」  あくまで俺の考えでしかねーけど、と続ける五条も難しそうな顔をしている。五条にとっても神楽の偏食は未知のもののようだ。 「どうすりゃいいと思う」 「俺に聞いちゃう?」  自慢ではないが、俺、こういうややこしいこと考えるのは得意ではないのだ。  眠くなる。 「尾張はどうしたいんだよ」 「面倒事は回避したい」 「あー一番詰まんねえのいっちゃうかー。ま、尾張が言うならそうだな。会計様は構いすぎずほっとか過ぎず、友好関係の一定の距離を保っとけばいいんじゃないのか」  それができねえから悩んでんだよ、と思いつつ「なるほどなー」と適当に相槌を打っておく。  五条の意見が珍しくまともなのは事実なのだ。  問題は、神楽がそんな作戦が通用するようなまともなやつかどうかだが。 「なんか……お前大変だな」  大体を話し終え、一息ついた時。同情するような目をこちらに向けてくる五条はぽつりと呟く。  まさかこいつにそんな心配されるとか思ってもなくて、思わず乾いた笑いが零れた。 「五条から心配されるとか相当だな」  笑いながら茶化してみれば、「ひっでえ」と五条は眉根を寄せる。  酷いのが好きなくせに、とは敢えて言わず、俺は「冗談だよ」と肩を揺らして喉を慣らす。 「つーかお前でも人の心配とかすんだな」 「ま、正直、半々。他人事だからすげー楽しいんだけど、お前からしてみたらいい迷惑みたいだろ?」 「いや、楽しいよ。俺、マゾだから」 「お前演技下手くそだな!! びっくりしたわ!!」  まあ演技だけどそこまでずっばしと切られるとちょっと傷付く。わりと演技派だと自負していたがやはり心にもないことを言うと、嘘っぽくなってしまうようだ。ということにしておく。 「ま、でも俺以外にも毎年生徒会のこれ楽しみにしてる野次馬すげーいると思うよ」  こいつもこいつで演技が下手な方だろうな、と思う。いや、寧ろ嘘が吐けないバカ正直野郎と言ったところだろうか。  ターゲット本人を前によくそんなこと言えんなと内心呆れつつ、俺としても気になるネタだったので「なんでそう思う?」と深く切り込んでみる事にする。 「俺の懐が潤うから」  即答。真顔で答える五条に、こいつの副業を思い出す。  ――情報屋。  得体の知れないその単語からは計り知れないほどの胡散臭さが拭えない。今回はそんな胡散臭いやつの副業を利用するわけだから、もう少し詳しく聞いてみようか。 「情報屋ってどんなことするわけ」 「別に? ふつーに」 「ふつーがわかんねえんですけど」 「そーだな……今ならゲームの勝者敗者で賭けっつーのが流行ってるから、やっぱりそういうのって儲かりたいじゃん。だから、『誰が本命馬か』とか」  その五条の言葉に、スポーツを観戦していてどちらが勝つか賭ける連中の姿が過ぎった。  やはり全てゲーム感覚なのだろう、生徒会連中も、野次馬連中も。――そして、俺達も。  自分の身が掛かっていても、やはりどこか心の隅でゲームだからと割り切っている自分には気付いていた。  だから「誰が本命馬なんだ?」なんて、声音変えることなく聞くことができたんだろう。  なにか言いたそうな目でこちらを見る五条だったが、すぐに質問に答えてくれた。 「俺的には尾張は会計様だな。尾張にそんな気がなくても、確実に今一番距離が近いしな。ダークホースで副会長様」 「能義? なんであいつが出てくんだよ」 「副会長様は俺のお得意様なんだよね。だから、他のやつらよりも副会長様の性格把握してるつもりなんだけど、一番質が悪い」 「まあ……」  頭も悪そうだしな、確かに一番の不確定要素と言っていいかもしれない。  本命馬については、まあ神楽とは接触度も高いから納得だが、あんなふにゃふにゃしたやつに恋に落ちるなんてことは先ず無いだろうからそれほど危機感ねえし。 「会長様は第一このゲームに向いてないし、書記様はあれ勝つ気ねーしなぁ。やっぱ、尾張が注意しなきゃなんないのはこの二人だな」  尾張が、なんて五条がわざわざ区別するようなこと言ってくるから、俺はもう一人のターゲットのことを思い浮かべてしまった。  このゲームを心の底から楽しんでる、ターゲットでありながらダークホースでもあるあいつのことを。 「あの……じゃあ、岩片の本命馬は?」 「王道君?」 「あいつだって、一応ターゲットらしいじゃん」  なんとなく、聞きたくて、聞きたくなくて、やけにまわりくどい言い方になってしまった。  今更ながらばつが悪くなって視線を落とせば、「そうだなー」と五条は少し迷ったように唸った。そして、ゆっくりと、口を開いた。 「会長様。……っつっても、王道君が弄んでるだけだろうけど結構王道君、会長様がお気に入りみたいだしな」  まあ、大抵予想付いていたが、いかにもあいつが好きそうな脳味噌筋肉単細胞馬鹿タイプだし。だけど、なんでだろうか。五条の言葉を聞いて、ずき、と心臓の奥のほうが小さく軋んだ。  それを必死に知らんぷりしながら、気を紛らすように俺は顔の筋肉を動かし無理矢理笑顔を作ってみる。 「こりゃ、政岡のやつも大変だな」 「大変なのは舎弟連中だよ。必死に自分の頭勝たせようと裏であれこれやってるみたいだしな。これだから縦社会って面倒なんだよな~。傍観してる分にはすげー他人事だから面白いけど」  本当こいつは素直っていうか清々しいくらいに慎まないやつだな。だからこそその言葉を信用されるということなのだろうが、俺としては少しくらい気を使ってもらいたいわけだが、まあいい。  五条に気を使われるのを想像したらちょっとあれだし、というか、こいついつもさらっと重要な情報ぽろぽろしまくるよな。 「なあ、その裏であれこれって……」  どういう意味だよ、と詳しく聞き出そうとした時だ。 「ストップ」と人差し指で唇を抑えられる。  そしてもう一回、きょとんとする俺から指を離した五条は自分の唇に人差し指を当て、「ストップ」と呟く。黙れというジェスチャー。 「なんだよ」 「尾張へのフリータイム終了。今度は俺から質問な」 「なんだよそれ、聞いてねえけど」 「等価情報の交換は常識ですよ、尾張君」  にやりと笑う五条。  やけに小馬鹿にしたような敬語に、やつの眼鏡叩き割りたくなったが、よく考えなくても今までに自分の質問に当たり前のように答えてくれた五条がなにも見返りを求めない方が可笑しい。  ずかずかと情報を求めたのは迂闊だったか、と心の奥で舌打ちを漏らしたとき、俺の心境を掬い取ったように五条は笑う。 「でさ、尾張と王道君ってどういう関係なんだよ」  そして一言。  まず、単刀直入に尋ねてくる五条に俺は拍子抜けした。等価交換がなんたらとか言い出すからもっと岩片染みたセクハラ質問を投げかけて来るかと思っていたのだ。  安心すると同時に、自分が期待していたみたいで恥ずかしくなって「情報屋なららしく聞いて回ってこいよ」とやつ当たってみれば「一応取材済みだったりすんだけどさ」との返答。それは予想外。 「恋人でもねえし、友達でもねえし、セフレかと思ってたらさっきのやり取りしでちげえみたいだし。わかんねえんだよ、全然」  続ける五条の口からは自然と溜息が漏れる。  情報屋としての好奇心か、それか誰かからの調査依頼か。想像付かないが、やつの言葉にはどこか悔しさが滲んでいるのを感じて、つい俺は口元を緩める  でも、まあ、五条がわからないと嘆くのも無理もない。――俺だってわからないのだから。  でも、敢えて言うなら、 「人質」  そう、小さく唇だけ動かすようにして呟けば、「え?」と五条が俺を見た。 「だから、人質」  よく意味を理解していないらしい五条にもう一度同じ言葉を続ければ、益々不思議そうな顔をするばかりだった。  だけど、いまの質問の返答は先ほど俺が五条から聞き出した分全ての情報に匹敵していたようで、五条はそれ以上なにも聞こうとしてこなかった。

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