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「……最悪だ」  思わず声に出てしまう。  なんとか政岡からは逃げることはできたが、事態は良くない方よくない方へと向かっているのが自分でもよくわかった。  服を整え、とにかく五条を捕まえる算段を立てることにする。  きっと今頃岩片も俺がいないこととっくに気付いてるだろう。けれど、連絡が来ないってことはそういうことだ。  こんなこと、岩片に知られるわけにはいかない。やつの耳に入る前に片を付ける必要がある。  五条のやつ、生徒会がどうたら言っていたな。  あの口ぶりからして、あれをネタに他の役員たちを揺するつもりなんじゃないだろうな。  となれば、俺がまず確認する場所は一つしかない。  校舎、生徒会室前。  政岡のやつが来ていないことを祈りつつ、俺は扉をノックする。勿論返事はないので俺は扉を開いた。瞬間、爆音。良くもここまで防音にしてくれたな壁と思うほどの大音量の音楽に、思わず扉から手を離してしまう。  そして、問題の生徒会室にはひとつ、見知った顔があった。  短めの黒い髪に端正な顔立ち。腹立つほどの澄まし顔。上着を脱ぎ、ソファーに座って漫画を読んでいた五十嵐は入ってくる俺に気付いたようだ。テーブルの上にあったリモコンを手にし、音楽を止める。 「……お前、よくこんなうるせえところで本なんか読めるな」 「お前は集中力がないんだろ」 「いやそういう問題じゃなくてだな……」 「他の連中ならいないぞ」  いつもと変わらない五十嵐がそこにいた。この様子なら、まだ五条からは何も聞いていないようだ。一先ず安心するが、正直、五十嵐も会いたくない人間トップ5に食い込んでる人間だ。  なるべく近づかないようにしつつ、俺は生徒会室に踏み入れた。 「別にそれはいいんだけど……なあ五十嵐、五条見てないか?」 「あいつか。……そういや、本人を見たわけではないが能義も探していたようだな」 「能義が?」  五条と能義か……この組み合わせには厭な予感しかしない。  一刻を争う事態だ。こうなれば背に腹は変えられない。 「なあ、能義はどこにいるか知ってるか?」 「……随分と焦ってるみたいだな。あいつに何か用か?」 「用っていうか……」 「お前が一人で行動してるのも珍しい」 「何を企んでる」と、畳み掛けるように尋ねられ、俺は思わず口を噤んだ。五十嵐のくせに、鋭い。そんなに俺は岩片にべったりのイメージがあるのだろうか。気になったが、下手に誤魔化して不信感を与えては五十嵐は協力してくれないだろう。それだけはわかった。 「別に企んでねえよ。ちょっと面倒なことになって……」 「面倒なこと?」 「……」  俺は、五十嵐に本当のことを話すか迷っていた。  五十嵐は岩片と付き合いがある、下手に言われたりしたらと思うが、大前提として五十嵐はこの馬鹿げたゲームの反対派だ。  ゲーム中止する暇もなくゲームがイベントとして成り立ってしまう、これほど五十嵐が避けたいものはないはずだ。  ……正直、今回の件俺一人で全て片付けるには無理がある。協力してくれる人間が必要だった。 「五十嵐……お前、口固いか?」  恐る恐る尋ねれば、相変わらずの仏頂面のまま五十嵐は手元の漫画から俺へと目を向けた。 「そもそも、俺の口の硬さならお前もよく知ってると思うが」  確かに、その口の硬さと無駄な演技力のせいでとんでもない目にあったのも事実だ。余計なことまで思い出しそうになり、慌てて思考を振り払った。  そして、俺は改めて五十嵐に向き直る。黒黒とした2つの眼が、じっとこちらを捉える。妙な圧に気圧されそうになるのを堪え、俺は見つめ返す。 「……これから話すことは、秘密にしてほしいんだ」 「……取り敢えず、聞いてやる。話してみろ」  そう言い、五十嵐は読みかけの漫画を閉じ、テーブルの上に置く。先程まで音楽でうるさかったせいか、余計、生徒会室が静かになった気がした。  五十嵐には、政岡との会話のこと、それを盗聴されていたことを説明する。  終始静かに聞いていた五十嵐は、俺が話し終え、「迂闊過ぎだ」と溜息混じり吐き捨てた。  ……正直、返す言葉もない。何故そんな会話の流れになったのかとも詰られたが、そこは誤魔化した。けど、五十嵐はもしかしたら気づいてるのかもしれない。咎めるような視線のキツさにそんな気がした。 「と……取り敢えず、五条をとっ捕まえたいんだ。……協力してくれないか?」 「断る……といいたいところだが、このままでは本末転倒もいいところだ。協力せざるを得ないだろう」 「……悪い、助かる」  眉根に刻まれた皺。五十嵐の不満がありありと見て取れたが、一応、俺たちの利害は一致しているのだ。  ほっとする俺に、五十嵐はこちらを睨んだ。 「けど、気になることがある」 「……気になること?」 「何故岩片凪沙に言わない? この手のことならあいつの方が得意だろう」 「そ、れは……」  五十嵐の疑問もごもっともなものだった。  あいつは人をとって食ったり陥れたりそんな汚い手を使うことに長けている。逃げる者いれば先回りして落とし穴を用意し、逆らうものいれば追い詰めて誘導し、自分の手のひらの上で転がす。……こうして言えば魔王かなにかのようだが、実際そうなのだから言いようがない。  けれど、それでもやはり岩片には相談できなかった。  元はと言えばあの日、政岡に神楽から助けてもらったあの夜。あの政岡との一件からだ、岩片の様子がおかしくなったのは。  押し黙る俺に、五十嵐も察したのだろうか。 「まだ仲直りしてないのか」 「仲直りっていうか、その、別に喧嘩してるわけじゃないんだけど……今回のは俺の不始末だから、あいつに余計な心配させたくないんだ」  適当にソレらしい言葉で誤魔化して見るも、五十嵐の目は変わらない。「へえ」と舐めるように顔を見詰められ、まともに視線を返すことができなかった。  こいつもこいつだ。不躾な視線を隠そうともしない。前々から扱いにくいやつだとは思っていたが、以前の一件から俺はちょっとこいつの目が苦手だった。顔には出ないくせに、視線には色々滲み出るのだ。 「……なんだよ」 「いや別に。……あいつもご苦労だなと思ってな」  そう、皮肉げに吐き捨てる五十嵐になんとなく面白くなかった。俺の知らないところで岩片と何を話しているのか気になったが、ここで食って掛かったところで五十嵐が楽しむだけだ。こいつが涼しい顔して中身はドムッツリサディストということは知ってる。  けれど、なんだ。なんだよ。……気になる。けど、聞きたくない。そんな子供じみた感情が渦巻く。……モヤモヤする。 「……まあいい、一先ず他の生徒会の連中には手を回しておく。五条は見つけ次第こちらから連絡させてもらおう」 「悪いな」  五十嵐と連絡先を交換する。  なんか、不思議だ。本来なら二度と見たくない顔だが、背に腹は変えられない。新しく登録された五十嵐の名前を確認する。 「能義はこの時間帯ガーデンテラスにいるはずだ。……ガーデンテラスの場所は知ってるか?」 「食堂のところか?」 「ああ、食堂に向かう途中の通路にガーデンテラスに繋がる扉があるはずだ」  わかんなかったら近くのやつに聞け、と五十嵐。  それに頷き返し、早速俺は生徒会室から出ようとして、「おい」と首根っこを掴まれた。突然引き止められ、きゅっと首が締まり思わず変な声出てしまう。 「おいっ、あぶねーだろ!」 「お前、本当に政岡とはなんもないんだろうな」  再確認するかのようなその言葉に、ギクリとする。  真っ直ぐにこちらの様子を観察する五十嵐、その視線に全身を舐られてるみたいで、厭な汗が滲んだ。 「当たり前だろ」と咄嗟に返すが、声が変に上擦ってしまったような気がして余計不安になる。けれど、五十嵐の表情は変わらない。 「とにかく、離せって……いまはそれどころじゃないだろ」 「…………そうだな」  予想外のことに、五十嵐はあっさり俺のことを開放してくれた。それが余計不気味だったが、俺はココぞとばかりに今度こそ生徒会室から飛び出した。  心臓が、バクバクとうるさい。  なんなんだ、あの目は。なんだよ、俺、そんなに分かりやすいのかよ。何もかも見透かすような目は、苦手だった。  ……とにかく、ガーデンテラスに急ごう。  遠くから聴こえてくるチャイムを聞きながら、俺は一階へと降りる。

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