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02

 親衛隊長解任された翌日。  俺は、あれから岩片となんの話をしたのかよく覚えていない。  あまりのショックに記憶があやふやで、次から次へと岩片に投げ付けられた爆弾を処理しきれずぶっ飛んだようだ。どう返事したのかも覚えてない。  ただ、あのあと岩片は「取り敢えず今日一日休め」と寝かされたのだけは覚えてる。  起きたら岩片の姿はなかった。  時計を見ればすでにホームルームが始まってる時間だ。  あいつ、どうして起こさなかったんだ。慌てて飛び起きれば、頭が痛む。  ああ、そうか……もう俺の護衛は必要ないって意味だもんな、あれ。  今更ながら昨日の岩片のセリフが堪えてくる。  岩片の命令に縛られることはなくなった。  命じられることも、ない。 「……なんだよそれ」  考えようによっては自由になるのだから喜ばしいはずなのに、ムカついてくる。  なんなんだよあいつ、何様のつもりなんだ。  俺のことムカついたんだったらそういえばいいのに、当てつけみたいに人で遊びやがって。  悔しかった。それ以上に、岩片に捨てられた事実にこんなに悔しくて揺れ動かされてる自分が嫌だった。  ……もういい。あいつがいないんならもう俺だって勝手にする。あんなやつ知るか、俺がいなくなったら俺の有り難みの一つや二つわかるはずだ。  あいつからもう二度と何命令されても聞いてやるか、土下座したって聞いてやらない、絶対にだ。  そう思わないとやってられなかった。  ベッドから起きると体が痛んだ。ケツも死ぬほど痛いわ頭もガンガン痛んだが……死ぬほどではない。それに、ここで寝て引きこもってあいつに打たれ弱いと思われるのも癪だった。  シャワー浴びて制服に着替える。  いつもならここで岩片が余計なセクハラかましてくるのだろうが、岩片の姿もない今部屋はただ静かで変な感じだった。  そんなモヤモヤを振り払うように鞄を手にした俺はそのまま部屋を出ようとする。  怒りに身を任せて扉を開けたときだった。 「うおっ!!」  廊下の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。  どうやら扉の前に誰かいたらしい、ガン、と何かにぶつかる感触に慌てて俺は扉から出た。そして、ギョッとする。 「悪いっ、大丈夫か……って、政岡……?!」 「……よお、おはようさん」 「……なんで、ここに……」  驚いたが、それと同時に昨日の記憶が蘇り、無意識に顔が強張る。  何しに来たんだ、と咄嗟に身構えれば、政岡は額を摩りながら「いや、その」と口籠る。 「……神楽のやつから妙なこと聞いて気になってな。……そしたら朝はあいつ一人で登校してるし……マサミちゃんに聞いてもお前は風邪で休みだっていうし……そんで、呼び出すのもあれだから待ってようかと……」  どんどん声が小さくなっていく。  最終的に叱られた犬みたいに落ち込む政岡は「悪い、具合悪いんだろ」と項垂れる。  正直、聞きたいことは色々あった。  神楽のやつから聞いたって……やっぱり昨日のあれか。というか風で休み扱いになってるって、岩片のやつそれで俺を寝かせていったってことか?  ……こいつはどこまで知ってるんだ?  気になって聞き出そうと思ったが、そこまで考えて俺はハッとする。  ……もう、こいつらの動向を気にする必要はないんだ。  岩片に命じられて全員落として振るためにわざわざ相手にしていたが、その命令が解消された今、何しでかすかわからない政岡と一緒にいる必要はない。 「……悪いけど、俺なんもわかんないから。そういうことなら岩片に聞いた方がいいんじゃねえの」 「じゃ、またな」とさっさと離れようとしたところを肩をやんわり掴まれ、引き止められる。 「お、おい!待てよ……」 「……どうした? まだ何かあるのか?」 「…………何か、あったのか?」  こういうときだけ、どうしてこいつはこんなに鋭いのだろうか。  周りを見ていないように見えてしっかりと捉えてる政岡に何度真意を突かれたことか。  それとも俺が単純にわかりやすいだけなのか。  けれど、今だけは見てみぬふりをしてもらいたかったというのが本音だ。 「……別に何もねえよ」 「……今朝、岩片凪沙と話したんだ」 「…………は?」  政岡の口から出た言葉にあまりに驚いて、素っ頓狂な声が出てしまう。汗が滲む。  人が寝てる間になにを、というか何を言ったんだあいつは。政岡の態度からして嫌な予感しかしない。 「『お前のお望みどおりになったぞ、良かったな』って。……どういう意味だよって聞いてもお前に聞けって言うし……なあ、どういう意味だよ……それ」  あいつ、と怒りが込み上げてくる。どういうつもりなのかこっちが聞きたいくらいだ。  政岡に嫌味のつもりか、それともそれを言ったところで自分にはなんの影響もないということか、どちらにせよ……裏切られたような気分だった。  政岡への挑発のつもりなのか、考えたところであいつの思考などわからない。理解できない。それでも、本当に俺を開放するつもりなのだとわかった瞬間、心の奥で何かがガラガラと音を立てて崩れるのがわかった。 「……尾張?」 「……別に、そのままだよ。……あいつのいった通り、もうあいつには俺は必要ないってな」  声に出してみると酷く他人行儀な響きになってしまう。  ヤケクソだった。あいつがバラすってことは、俺が必死に誤魔化す必要もないはずだ。  こっちだって、捨ててやる。そう思うのに、言葉にしてみると心臓が酷く軋む。

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