97 / 109

04

「……何しに来たんだよ」  品性の欠片もないジョークに笑い返す気力もなかった。  あくまで平常心を装いながら尋ねてみるが幾分声が低くなってしまう。……部屋の奥に政岡がいるのを思い出したからだ。 「何って、それはつれないんじゃないですか? ……あの後気になってたんですよ、貴方が会計に連れて行かれてから。……今朝も貴方を教室まで迎えに行ったというのに休みらしいじゃないですか。もし昨日のせいで、となると流石に無視できませんからね」 「そうか。ならその心配はいらないぞ。……あんたに心配されずとも俺は元気だからな」 「そんな赤い顔をして何を仰ってるんですか。……熱がありますね、目も些か赤くなっている」 「っ、触るな……!」  伸びてきた手に首根っこを撫でられ、堪らず俺は能義の手を振り払う。  乾いた音が響く。目を丸くした能義。  予想以上にでかい声出てしまい、俺も驚いた。そして。 「おい、どうした!」  部屋の奥から飛んできた政岡が駆けつけてくる。  こいつ、出てくるなよ、と思った矢先だった。 「ちょっと……なに、これえ?」  近付いてくる足音。そして間延びした声。  玄関口で騒いでいた俺たちを見るなりうんざりしたように吐き出すその男に、今度は俺が真っ青になる番だった。 「なんなの、なんで副かいちょーがここに……ってか、かいちょーもいるわけ? ……なにこれ、ちょっと……どーゆーことぉ? ……皆さぁ、同じこと考え過ぎでしょ」  寧ろそれは呆れに近い。  神楽麻都佳の言葉に俺は返す言葉もなかった。  なんだこのタイミングは。昨日の今日で神楽にこんな場面を見られたことに頭が痛くなるがそれ以上に、このメンツは嫌な予感しかしない。  頭をフル回転させて言い訳を探すが、病み上がりの脳味噌では何も思い浮かばない。 「……何しに来たんだよ、お前ら」 「何ってえ? そりゃ元君が心配だからに決まってるじゃん。ま、誰かさんたちは下心しかないんだろーけどね~?」 「おやおやおや、もしかしてそれって私のことを言ってますか? それを言うなら会計、貴方の方こそ今日はデートに行くとか行って朝の会議サボってたじゃないですか。体調不良の尾張さんとデートでもするつもりだったんですかねえ?」 「それは副かいちょーがしつこいから……ってかそうだ!かいちょーだってなんで元君の部屋にいるわけ? おかしくない? かいちょー元君虐めてたくせにさぁ?」 「はあ? 俺がいつこいつを虐めたって言ったんだよ!」 「…………」  なんだこの状況。  ギャーギャーと周りなんてお構いなしに揉め始める生徒会連中になんだか頭が痛くなってきた。 「……そろそろ俺教室に行きたいんだけど」 「そうだよ、てめぇらはさっさと帰れよ。こいつは俺が責任持って送るから」 「いやいやかいちょーに任せられるわけないじゃん。俺がぁ元君を送り届けるの~」 「お二人はそんな暇あればさっさと生徒会室戻って自分の役目を果たしていただきたいんですがね。……というわけで私がお供しますよ、尾張さん」 「いい、気持ちだけもらっとく。とにかく俺一人で大丈夫だから」  正直、誰といたところでろくなことになる未来が見えない。  能義に関しては論外である。きっぱりと言い切れば、ぱたりと静まり返った三人だったがすぐに「ちょっと待った」と政岡に引き止められる。 「尾張、本当に一人で大丈夫なのか。……お前、まだ本調子じゃないんだろ」 「……大丈夫だって。それに自分のことくらい自分でできるよ、ガキじゃねーんだし」 「そうでしょうか? ……まだ歩くのも辛そうに見えますが」  そう、伸びてきた能義の手に腰を撫でられ、全身が凍りつく。こいつ、と反応に遅れた瞬間、神楽にその手を振り払われた。 「副かいちょーのそういうとこ、俺嫌いだよ~」 「……おや、会計。まさか貴方自分だけおきれいなフリして私に歯向かうつもりですか?」  どこまでが真意なのか全く読めないが、なんとなく能義の笑顔からしてこれがただのじゃれ合いではないことに気付く。  一瞬、張り詰めた空気が流れたときだ。 「おい、テメェら喧嘩するなら尾張がいないところでやれよ!邪魔になんだろうが!」  そんなのもお構いなしに政岡は声を上げた。  そういう問題か、確かにそれもそうだけど。というか止めないのか。色々突っ込みたいところはあったが、政岡の言葉をきっかけにその場の緊張が解けるのを肌で感じた。  「ふふ、それもそうですね。……今日は貴方のナイトが多いみたいですし、また折を見て会いに行きますよ、尾張さん。……少々お耳に入れたいこともありますし」 「……」 「それではまた。会計は後で覚えておいてくださいね」  先に折れたのは意外なことに能義だった。  執念深そうなあの男は「お大事に」とだけ言ってのけ、颯爽と帰っていく。本当に顔を見に来ただけではないのだろうが……それでも、それもそれで嵐の前の静けさ的なものを感じてしまって不気味だ。 「ったく、なんなんだアイツ……おい、尾張大丈夫か? へ……変なことされてないだろうな」  不機嫌そうに、かつ不安そうに尋ねてくる政岡に「大丈夫」とだけ答えておく。  ……本当は大丈夫ではない。せっかく寝て薄れていた感覚が一気に蘇り、こうして政岡と神楽といるだけで恥ずかしくて死にそうになっていた。  神楽に至っては、目の当たりにしてるわけで。 「……かいちょーってさあ、何も知らないのお?」  あまりにもいつもと変わらない政岡に疑問を抱いたのか、そんなことを聞き出す神楽にぎょっとする。 「何もって……なんだよ」 「だからぁ、副かいちょーと書記が……」 「か、神楽!!」  咄嗟に、動いていた。慌てて神楽の口を手で塞げば、「むぎゅっ」と鳴く神楽。 「……なんだよ、能義と彩乃がどうしたのか?」  慌てて黙らせたが、前半部分はバッチリ耳に入っていたらしい。眉根を寄せる政岡。その鋭い目がこちらを向く。 「何もねーよ。……少し揉めただけだし、お前が心配するようなことはなんもねーから」  安心させようと思ったのに、なんとなく突き放すような言い方になってしまって後悔した。  政岡は到底納得したようには見えなかったが、俺も俺で言おうとしないという意思を感じ取ったのだろう。 「……本当に大丈夫なのか?」 「……大丈夫、だって。……それより、神楽、ちょっと……ちょっといいか?」  政岡は俺が言いたくないことを無理に聞き出すようなやつではないとわかっていた。けれど問題はこの茶髪男だ。俺は政岡に視線で断りを入れ、通路の奥までそのまま神楽を引きずって行く。

ともだちにシェアしよう!