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05

 政岡をその場に待たせたまま、俺は引っ込んだ通路のところまで神楽を連れてくる。そこでようやく手を離せばモゴモゴしていた神楽は「ぷは~!」と生き返ったように深呼吸をした。 「元君、激しすぎだよ~俺本当に死んじゃうかと思った……」 「それは……悪かった。けど、政岡にあのことを言おうとするから……」 「……ってことは、かいちょーには言ってないんだ?」 「言えるわけないだろ……というか、言ったところで余計ややこしくなるだけだし」 「……まあそうだろうね~、かいちょーって俺から見てもかなり元君に本気っぽいし。絶対キレるよあれ」 「…………」 「でもさぁ、そっちのが絶対いいと思うんだけど? かいちょーってなんだかんだ一番強いからさー、副かいちょーが唯一敵わないって言ってるほどだし。少しは痛い目見てもらった方がいいんじゃないのぉ?」  ……かわいい顔して結構酷なことを言い出す神楽に、俺は普通に驚いた。  確かに、他人のケツを変形させたあの男たちに憤りを感じないといえば嘘になる。けれどだ、報復か。……昨日はそれどころじゃなくなって考えれなかったが、俺だけ泣き寝入りみたいな真似になるのもおかしな話である。  ……けれどそれを提案するのがあいつらとも仲が良いであろう神楽なのが引っ掛かった。 「……そりゃムカつくけど、お前はいいのか? あんたら……仲が良いんだろ?」 「……は? なんで?」 「なんでってか……いくらゲームのことがあるからって言ったって、普通に友達してるだろ。そんな相手を仲間割れさせるなんて……」 「……元君って、やっぱ変わってるよねえ? 俺は元君の立場になって言ってたつもりなんだけど、まさか俺たちの仲の心配してくれるなんてねえ」  きょとんとしていた神楽だったが、すぐに呆れたように笑う。  確かに、言われてみれば変な話だ。けれど、なんだろうか。確かにムカつくけど、正直あのときのことは俺にも悪いところがあるだけに大きく責めれないというのが本音だ。  けれどこれじゃ、 「もしかして、あんなことされても全然平気だった?」  気付けば、俺は神楽により壁際に追い込まれる形になってることに気付いた。 「それともハマっちゃったとか、言わないよねえ?」そう軽蔑の色を孕んだ神楽の眼差しに、嫌なものが込み上げる。 「おい、やめろよ。冗談じゃない……そんなわけないだろ」  声が震えるのを殺し、俺は神楽を押し返してその場から戻ろうとした。  けれど、神楽はそれを許してくれなかった。 「……あの後、あのモジャとは大丈夫だったぁ?」  肩を掴まれ、引き止めてくる神楽に尋ねられる。  いきなり岩片のことを聞かれ、思いの外俺は動揺してしまったらしい。目を泳がせそうになり、咄嗟に目を伏せるがそれが神楽の猜疑心を強めたらしい。 「……あーあ、こうなるくらいならやっぱ、あのとき俺が全部貰っちゃってた方がよかったなぁ」  どういう意味だ、と聞く暇もなかった。  頬を掴まれ、上を向かされそうになったと同時に視界が覆われる。噛み付くように唇を重ねられ、血の気が引いた。いつどこで誰が来るかもわからない、おまけに政岡も待たせてるこの状況で、だ。  スリル満点とか言うレベルではない。  生憎俺はそんな危機的状況に興奮する特殊性癖は持ち合わせていなければ男とのキスに喜ぶ癖もない。  よってこの展開は、最悪のそれだ。 「っ、なッ! 離……ッ! ぅ、ん、ぅう……ッ!」  言葉ごと唇で遮られる。ぬるりとした舌に唇をなぞられた瞬間、蘇る嫌な感触に堪らず神楽を突き飛ばす。  僅かに顔を顰めた神楽は俺から唇を離し、「いったたた」と呻くように情けない声を漏らした。 「……元君酷いよぉ、今本気で殴ったでしょー?」 「あっ、たり前だ……! 何、をいきなり……」 「別にいきなりじゃないよねえ?俺はずぅ~~っと、元君のことが大好きなんだし?」 「それは……っ」  ゲームのことがあるからだろう。  そうじゃなければ神楽の恋愛対象は俺のようなタイプではなく間違いなく柔らかそうな女の子のはずだ。  言いかけて言葉を飲み込む俺に、神楽は俺の唇に触れる。 「それとも何? ……もしかしてぇ……本気で好きな人ができちゃったとか?」 「心配しなくてもできねーよ、こんな場所で」  「へー……本当に?」 「……本当だって言ってるだろ」 「ふーん……?」 「いい加減に離れろ……って……!」 「けどね、元君がそんなこと言っててもさぁ、誰かさんたちは本気で君のこと落とすつもりなんだと思うよぉ~? 元君の意思なんて関係なく、全部自分のものにしちゃおーって思ってるんだよぉ?」 「もっと危機感持たなくちゃ~~」といつもの間延びした調子で続ける神楽。何が言いたいんだ、こいつ。  そう、睨みつけた矢先のことだった。 「おい、神楽。いつまで尾張と一緒に……」  いるんだ、とかそんなことを言おうとしたのだろう。  戻らない俺たちを心配した政岡がやってきたのを一瞥したたと思いきや、神楽はそのまま俺のネクタイを掴み、思い切り引っ張った。  ぶつかる勢いで触れ合う唇に、キスをされてるのかすら一瞬わからなかった。  凍り付く俺、そして政岡。ただ一人元凶である神楽だけは涼しい顔をして俺の唇を音を立てて吸い、笑う。 「あれ、かいちょーいたんだ。せっかくいいところだったのに邪魔しないでよね~」  反応が遅れる俺の腰を抱き、神楽はわざとらしく唇を尖らせてみせる。  この男が何を考えてるのか全く理解できないが、岩片がこいつを嫌う理由がわかった。ような気がした。

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