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07

 売店前は閑散としていた。  いつもなら面倒臭そうな輩がカウンター前を陣取ってる風景が広がってるのだが、どうやらいいタイミングだったようだ。  どれを食おうかと並ぶパンを選んでたときだ。 「おい」  不意に、肩を掴まれる。  いきなりなんだと振り返った俺は、そこに立っていたでかい影に硬直した。 「こんなところで何をしてる?」  今見たくねー顔ナンバースリーの生徒会書記・五十嵐彩乃がそこにいた。 「……何って……見てわかんねーの? 飯選んでるんだよ、飯」 「……呑気なやつだな。自分の立場分かってんのかよ」  んなことを言われて、ハッとする。そうだ、こいつ……色々あって記憶飛びかけていたが、こいつ、この前人を助けるとかいいつつ能義と一緒にとんでもねえことしてきたんだった。  当たり前のように返事してしまったことを後悔し、そして咄嗟に距離を開ければ五十嵐は「遅えな」と呆れたような顔をした。 「な……なに、普通に話しかけてきてんだよ……よく顔出せたな」 「そりゃこっちのセリフだ。……部屋で落ち込んでんのかと思いきや飯かよ。……本当に図太い野郎だな」 「っお前に言われたくねえよ……!」  あまりにもいつもと変わらない慇懃かつ偉そうな透かしたその面に思わず手元のパンを投げつけたくなったが、商品であることを思い出し寸でのところで堪える。  ……クソッ、最悪だ。厄日ってレベルじゃねえぞ。  こいつの顔を見るのも嫌で、俺はさっさと売店から離れようとすればいきなり肩を掴まれる。肉厚な掌に、昨日のことを思い出し顔が熱くなる。 「触るな……ッ!」 「っと……危ねえな。……随分と荒れてるな」 「誰のせいだと……」  思ってんだ、と掴みかかりそうになるが堪える。  こいつに当たったところでどうしようもない。確かにムカつくことには違いないが、それでも、これでは完全に八つ当たりである。  これ以上の自己嫌悪に陥るのは勘弁したい。  俺は「離せよ」と睨むが、五十嵐は手を離さない。それどころか。 「……飯、食いに来たんじゃねえのかよ。お前」 「誰かさんの顔を見たら食欲が失せたもんでな」 「……そりゃ悪かったな」  そう言うなり、五十嵐は俺の腕を掴んだまま、先程俺が買おうとしていたハンバーガーを手にし、それを売店のおばちゃんに「これくれ」と渡すのだ。  なんでよりによってそれを選ぶんだよ、あてつけか。とむっとしたとき、支払いを終えた五十嵐は袋に入ったハンバーガーを俺に押し付けてきた。 「……な、んのつもりなんだよ……」 「それ、食いたかったんだろ」 「別に……」 「嘘つけ。ずっとよだれ垂らして見てたくせに」 「……」  涎は垂らしてねえよ。  ムカムカしたが、それ以上にこいつがこんなことしてくることが予想外だったせいか、毒気を抜かれてしまう。  あまりにも変わらない五十嵐の態度に、一人だけムキになってるみたいで嫌だった。 「……いらない。お前が買ったんだからお前が食えばいいじゃん」 「俺は別に腹は減ってねえよ」 「ならなんで……」 「昨日は、悪かった」  まさか、こんな場所でその話を持ち出されるとは思わなかった。  馬鹿真面目な顔してんなこと言い出す五十嵐にぎょっとし、俺は慌てて五十嵐の腕を掴んだ。  そして、早足で売店から離れ、人気のない通路へと移動する。 「おい、離せ。服が伸びるだろうが」 「……っ、どういうつもりだよ……こんなことまでして、当てつけのつもりか?」 「……聞こえなかったのか? 昨日は悪かったと言ったんだ」 「助けるつもりだったが、頭に血が登った」そう悪びれもなくそんなこと言い出す五十嵐に、カッと顔が熱くなる。  それが怒りなのか羞恥からなのか判断つかない。 「ふ……ざけるなよ……っお前のせいで、俺は……こんなんでご機嫌取りのつもりかよ……っ」 「それはついでだ。腹減ってんだろ、食えよ」 「いらねえ」 「じゃあ捨てる」 「……もっ……勿体ねえことすんじゃねえよ、何様のつもりだよ」 「なら、お前が食え。見てただろ、妙なもんは入ってない。なんなら毒味でもするか」 「……ッ」  馬鹿にされてるのがわかった。今の俺にとって五十嵐の言動すべてが神経を逆撫でするのだ。  八つ当たりに近いけれど、こいつにも要因があるのだ。……そう思うことでしか自分を抑えられなかった。 「なんなんだよ、お前……意味わかんねえよ」 「昨日のことがあっただろ。……それで少し気になってただけだ」 「……なにが、俺のことがかよ」 「あぁ、お前のことがだ」 「…………」  なんでこいつはこんなに偉そうなんだ。  どこまでもふてぶてしい。まるで昨日人を裏切ってチンポ突っ込んできた野郎とは思えない堂々たる姿に俺は呆れて何も言えなかった。

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