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 岩片と仲直りしろって……おかしいだろ、仲直りもなにもただの喧嘩とはわけが違うのだから。  一人でいたらずーっと五十嵐から言われた言葉が頭の中がぐるぐると巡ってはムカついて仕方がない。  だからといって眠る気にも慣れなくて、俺は結局登校することになった。  ……気分転換に登校ってのも変な話だが、岩片の言われた通り大人しくしてるのが癪だったっていうものある。  教室は相変わらず閑散としていた。丁度英語の授業の真っ最中だったらしい、教壇の上に立っていた宮藤は入ってくる俺の姿を見るなり驚いたような顔をする。 「……おお? 尾張、お前具合はもう大丈夫なのか?」 「ああ、ずっと寝てても身体鈍りそうだったから」  来ちゃった、と言いながら岩片の席を確認する。  いつもあいつが座ってる後ろの席には誰もいない。その代わり、隣の席の岡部が俺の姿を見て目を丸くしていた。  ……いや、岡部だけではない。周りの生徒たちもなんだか変なものを見るような目で俺を見てる。あんま嬉しくない注目の仕方だな、とは思ったが俺にはその原因がなんとなくわかってしまうから嫌だった。 「お前なぁ……念の為休んでおくものだぞ、こういうのは。多少治りかけでもな」 「大丈夫って。具合悪くなったらすぐ帰るんで」  言いながら自分の席へと向かう。宮藤は「知らんぞ」と諦めたように笑い、そして何事もなかったかのように授業を再開させた。  席に座ると、岡部が心配そうに声を席を近付けてくる。 「尾張君、本当に大丈夫なんですか? 岩片君から相当熱が酷いって聞いたんですけど……」 「あいつは大袈裟すぎるんだよな、本当。……そんなに具合悪けりゃ大人しくしてるよ、俺も」 「ならいいんですが……」 「それより岡部。……岩片はいないのか?」  あいつのことを気にするような真似をしたくないが、無視するわけにもいかないのが現状だ。  それに、あいつが勝手な真似してまたこっちにまで迷惑被られては堪ったもんじゃない。  あくまでなんでもないように聞いてみれば、岡部は何か思い出したようにハッとする。 「あ、そ、そうでした。今朝生徒会長と岩片君が揉めたのは知ってますか?」 「あぁ、風の噂でちらっとな」 「知ってたんですね。……その、岩片君が宣戦布告したって」 「宣戦布告っていうか、あいつの場合は病気みたいなもんだからな」  笑って誤魔化そうとするが、顔が引き攣る。  あいつの宣戦布告ってのはあれだろう、俺のことは自分が落とすだのなんだのこっ恥ずかしいことを言ったんだろう。ホントその場にいなくて良かったと思うが、向けられる周りの目がそのせいだと思うとどうしようもなく居た堪れなくなった。 「……それで、岩片がどうしたんだよ」 「その……なんていったらいいのか……」 「……また何かあったのか?」 「岩片、その後どこかへ行っちゃったんですよね」 「……どこかにって……」 「連れ去られたわけではないと思うんですけど、今の今まで戻ってこないのでずっと気になってたんです。……けど岩片君がどこに行ったなんて僕には見当付きませんし……」 「……別にそんな心配しなくてもほっときゃその内フラッと戻ってくるだろ」  寧ろ俺からしてみればあいつは常に好き勝手行動している。少し目を離したらいなくなることなんかよくあることだ。そんで人が探しまくってたら何食わぬ顔して戻ってくるんだ、「ハジメ、なんでちゃんとついてこないんだよ」とか勝手なこと言って。 「尾張君……やっぱり岩片君と何かあったんですか?」 「……………………」  ……俺ってそんなにわかりやすいのか?  自分ではいつもと変わらないつもりだったが、鈍そうな岡部にまで核心を突かれてしまえば言い逃れようもない。  さっきの今まで五十嵐に言われたことを思い出し、つい内心面白くない気分だった。 「別に、岡部の思ってるようなことはねえから安心しろよ」 「……だったらいいんですけど、なんか……尾張君元気ないように見えたので」 「俺が? ……そうか?」 「それに、尾張君は俺よりも岩片君のことをいの一番に心配してるイメージがあったので……ちょっと意外でした」  余計なお世話でしたね、と少しだけ申し訳なさそうに項垂れる岡部に俺は言い返す言葉もなかった。  ……意識しないようにしたのが裏目に出たようだ。なんだか俺は自分が自分で不甲斐ない気持ちでいっぱいになる。 「悪いな、まだ本調子じゃないみたいだ」 「えっ!」 「それにしても岡部はしっかり見てるんだな。……それとも、俺ってそんなにわかりやすい?」 「お、尾張君はわかりやすいというより……なんというか、いつもわかりにくいから余計、わかってしまうというか……」 「? ……どういうことだ?」 「ええと、その……俺のことはいいんです。それより、宮藤先生がさっきからこっち見てますね……」  言われてちらりと教壇に目を向ければ、徐に宮藤は「えー、ごほん」とわざとらしく咳払いをひてみせる。  直接私語を注意しないところが宮藤らしいというか、なんというか。 「……わり、また後で聞くわ」 「いえ、僕は、別に」  というわけで授業に集中することにする。それにしても岩片のやつ、勝手なことばっかりしやがって。  無視してやりたいのに岡部みたいなやつがいる手前完全に存在無視することまでできない自分のいくじなさが憎い。  ……余計な心配させたくねえけど、だからって仲良くできねえよ、もう。  そんなモヤモヤを抱えたまま聞く授業に集中できるはずがない。

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