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あっという間にチャイムが響く。
授業終了の合図。比較的平和なガリ勉と呼ばれる生徒ばっかが残った教室は平和だった。
ホームルームまで岩片が教室へと戻ってくることはなかった。そもそも俺が教室にいることもしらねえのかもしれねえな。
と、そこまで考えてまたあいつのことばっかり考えてることに気づき、慌てて頭を横に振る。
……今日から俺は一生徒だ。あいつのことよりも自分のことを考えろ、元。
なんて、一人念じてると。
「おい、尾張」
宮藤に呼ばれた。
顔を上げれば、宮藤はちょいちょいと俺を手招く。
この時点で既に嫌な予感するんだけど。
「……なんすか?」
「おい、露骨に嫌そうな顔しただろ今」
「だって、雅己ちゃんに呼ばれてもいいことをないんだもん」
「あのなぁ……いや、確かにそうかもしれんな」
「自信なくすなよ」
呆れて笑ってると、宮藤は「安心しろよ、今回はそうじゃねえから」とふっと表情を緩める。そして、伸びてきた手に額を触られる。
びっくりして思わず飛び退こうとしたとき、宮藤の手はすぐに離れた。
「ふんふん……まだ微熱があるな」
「……いきなり触るのは駄目だろ、女子生徒相手ならセクハラですよセンセー」
「可愛い生徒でもお前は男だろ。……身体、本当はまだ悪いんじゃないのか」
「……わかんね」
「わかんねって、自分の体のことだろ。あんま無茶すんなよ」
……なんか今日は色んな人に怒られて、心配されてる気がする。けれど愛されてるな俺って気持ちにはならない。
むしろ俺ってそんなに頼りない?って微妙に凹むし、つーか、なんか、俺ってすげー惨めだ。
「雅己ちゃんって……」
「なんだ、どうした?」
「雅己ちゃんって、過保護だよな」
「か……」
「……ありがと、心配してくれて」
自己嫌悪がないといえば嘘になるが、今はまともな優しさが身に染みるのも事実で。
口にしてからなんとなく照れ臭くなる。
そういや、岩片が馬鹿なこと言ったってこと、雅己ちゃんも知ってるのだろうか。
ガキの戯言だと思って無視してるのだろうか、気になったが宮藤の表情からは何もわからない。
「お前って、なんか見ててハラハラするんだよな」
「俺が?」
「今のお前は、特に」
暗喩のように聞こえて、少しだけ緊張する。
含みがあるようでそのまま受け取ることもできる。
「取り敢えず、今日は真っ直ぐ帰れよ」
「……雅己ちゃんは、岩片と何かあったのかって聞かないんだ」
無意識だった。なんとなく、考えていたことが口からぽろりと零れ落ちる。
宮藤は特に表情を変えるわけではない。
やっぱり何事もなかったかのように、俺に視線を投げか
けた。
「……なんだ、あいつと何かあったのか」
これは嘘だな、とわかった。
とぼけたふりしてるのだろう、それでも全く声に感情がないので本当にとぼける気があるのかすら謎だ。
「雅己ちゃんって嘘下手すぎだろ」
「当たり前だろ、俺は素直な人間だからな」
それも、嘘だな。と思いつつ、つい笑ってしまう。
わざとなのだろうか、敢えてなのだろうか。宮藤と話してると自然と肩の力抜けるのだから不思議だ。
「一応、相談はいつでも受け付けてるが俺にアドバイスの類は期待するなよ」
「そうっすね」
「……そこは否定しろよ」
いい加減でルーズでやる気のない教師だが、こういうところが生徒から嫌われないところなのかもしれない。
教師陣からどう思われてるのかは知らないが。
宮藤と話したおかげでなんだかスッキリした。
周りの奴らがやれ岩片を放置するなだとか岩片は大丈夫なのかとかそんな心配ばかりされる中、俺自身のことを心配してくれるやつがいたから余計そう思うのかもしれない。
宮藤と別れ、俺は仕方なく……不本意ではあるが岩片を探すことにした。
このままモヤモヤするのも嫌だったし、それ以上にあいつに勝手なことを言われてまーた俺への風評被害に繋がることは避けたかった。
そう、だから文句のひとつふたつ言ってやると決めたのだ。
そして、思いの外早くあいつと再会することになった。それは願ってもない、最悪の形でだ。
校内を歩き回って岩片のことを知ってそうなやつに取り敢えず聞いていく。そうすりゃあいつのことだ、どっかで聞き耳立てて俺が岩片のやつを探してるって知るに違いない。
ついでに目撃情報があれば万々歳だ。
そう思っていたが、運のいいことに岩片の目撃情報はすぐに見つかった。
「あいつなら風紀室に入っていくの見たけど」
クラスメートの男はそう言っていた。
風紀室。その単語に、俺は昨日の野辺とのことを真っ先に思い出した。血の気が引く。まさかな、とは思いたいが、どうしても気がかりになった。
行きたくねえけど、岩片が余計なことを吹き込まれる前に突っ込むべきか。悩んでる時間も惜しい。俺はダッシュで風紀室へと向かった。
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