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学園内、風紀室前。
「おや、珍しい。随分と愛らしいお客様だね」
風紀室を見張る厳つい門番たちの前、何かを話していたらしい寒椿は俺の姿を見つけるなり相変わらず薄ら寒いことを言ってくる。
「なあ、風紀室に岩片来てないか」
「ああ、宵闇に紛れし混沌の彼だね」
だから何なんだその岩片の呼び方が微妙にダークサイド寄りなのは。俺のもそっち寄りにしてくれ。なんてツッコミはさておきだ。
「確かにさっきまで来ていたよ」
「本当かっ?」
「ああ、勿論。僕は嘘をつかないからね。……丁度数分前くらいに出ていったんだけどね」
……遅かったか。
そう理解した瞬間、頭が痛くなる。
俺がいない間ここでどんなやり取りが交わされていたのか、そのことを考えるだけで気が気ではなかった。
「多分すぐ戻ってくると思うけど……待ってるかい?」
「え?」
「可愛いバンビーナのためだよ。暖かい紅茶を饗させてくれ」
ニコニコと人良さそうに笑いながら手をぎゅっと握り締めてくる寒椿に思わず後ずさりそうになる。
……けれど、確かに宛もなくウロウロするよりかは待ってる方が確実かもしれないが……。
「なあ、中に委員長はいるのか?」
「ああ、委員長なら居ないよ。何やら昨夜から熱に魘されてるようでね。なにやらショックなことでもあったのかもしれないね」
「……………………」
どれだ、心当たりがありすぎて冷や汗が流れる。
……が、野辺がいないと知っただけでもホッとする。
「それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「ああ、良かった。委員長がいないから退屈で退屈で仕方なかったんだ。そんな哀れな僕の話し相手になってくれるなんて、君は本当に慈悲深い。まるで女神だね」
「……待ってる間だからな」
やっぱり早まっただろうか。
目をキラキラさせる王子様もとい寒椿に気圧されながらも俺は風紀室にお邪魔することになった。
ボスが不在とは言えど、風紀室の中にも多数の風紀委員がいた。まあ、寒椿のような得体のしれないやつと二人きりになるよりかは遥かにましだろうがそれでもなんだろうか、風紀連中のこちらを見る目が妙に引っかかるのだ。
ニヤニヤ?ニタニタ?……よくわからないが、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる連中になんとなく察してしまう。
中にはなんでこいつがいるんだよと邪険にするようなやつもいるし、大方予想はついていたがここまで露骨だと普通に気分が悪い。
「好きに座ってくれて構わないよ」
「ん、ああ。ありがと」
「すぐに紅茶を準備しよう。そこで待ってていてくれ」
周りの風紀委員たちのことなんて目に入っていないかのように飲み物を準備し始める寒椿。
実際、風紀委員たちは俺を見るだけで直接何をしてくるというわけでない。いわば置物だ。なら、俺も無視してていいのかな。
なんて思いつつ、適当なソファーに腰を下ろす。
テーブルの上に誰かの飲んだあとらしきカップを見つけた。……岩片が飲んだあとだろうか。
そんなことを考えてると、すぐに寒椿はカップをトレーに乗せて戻ってくる。
「お待たせ、麗しのバンビーナ。君への想いを込めて注いだレディグレイだよ。……君の口に合うと嬉しいな」
「どーも。……いい匂いだな」
「そうだろう。野辺のやつは草臭いなんて言うが、やはり薫りは芳しい方がいいに決まっている。……君がわかる人間で僕は嬉しいよ」
野辺の言い草も体外だな。俺も正直紅茶の味はわからないので適当に合わせたのだが、予想以上に嬉しそうな寒椿を見てるとまあ悪い気はしなかった。
そっとカップに口を付ける。突き抜ける花の匂いに、思わず噎せそうになったのを堪えた。
忘れてた、俺あんま紅茶好きじゃなかった。
「君はどうやら彼……岩片君と揉めてるらしいじゃないか」
ティーカップを片手にそう静かに切り出す寒椿に内心ギクリとした。岩片のやつからなにかを聞いたのだろうか、そうでなくてもあいつのことだ。
大々的に言い触らしてるだろうから秘密にすることなど今更無駄だとわかっていたが、寒椿にまでそのことを言われると言葉に詰まる。
「別に揉めてるわけじゃないですよ、あいつが勝手に騒いでるだけで……」
「それで、君は岩片君の熱烈なアプローチを受けるのかい?」
「ゴホッッ」
突然変なことを言い出す寒椿に飲みかけていた紅茶が器官の変なところに入ってしまう。
何を言い出すんだこの男は。というか、どうしてそうなるのか。
「いやいやいや……流石にそれはないだろ」
「何故だい? 物事を片付けるには一番手っ取り早いだろう」
「……片付けるって」
「生徒会の皆がやってる遊戯のこと、君も知ってるんじゃないのか?」
ニコニコと笑ったまま、優雅な動作で俺にハンカチを差し出してくる寒椿。
予想してなかった寒椿の反応に思わず俺はハンカチを凝視したまま固まった。
「……アンタも、風紀委員も知ってるのか」
「そりゃあ勿論。生徒会の悪癖には僕たち風紀員も辟易させられてるからね。一応潰そうとはしてるんだけどこれがなかなか厄介でね。外部からいくら邪魔したところで遊戯が成立するか、それとも不成功か……そのどちらかでしか終わることができない」
五十嵐も、同じことを言っていた。不成功、というのは俺と岩片が狙っていたものだ。
俺が恋に落ちないこと。好きと口にしないこと。
そうすれば勝者は出てこないと。
「君は岩片君のことが嫌いなのかい?」
「別に……というか、そんなこと聞いてどうするんだよ。もしかして、俺にあいつとくっつけとでも言うのか?」
「それも選択肢の一つではないかと思ってね」
「善処しとくよ」
「それがいい。逃げ道は残しておくべきだからね。……何やら生徒会長君が妙な動きをしてるようだから君も警戒するといい。勿論、一般生徒である君を守るのは僕たち風紀委員の役目でもあるが」
「……」
……政岡。
思い出したくない男の顔が過り、紅茶が不味くなる。
「岩片に……あいつになにか言われたんすか」
「まあ、色々とね。彼も難儀な性格だからね、君も大変だろうがどうか付き合ってあげなよ」
なんて、まるで長年の友人かのように岩片のことを語る寒椿に違和感を覚えた。胸の奥が燻るような、この感覚はなんだろうか。
アンタがあいつの何を知ってるのか、なんて喉元まで出かかったが、寸でのところでなんとか飲み込んだ。
「……随分と、仲良いんだな」
俺は自分が笑ってるのか呆れてるのか、どんな表情をしているのかわからなかった。
ようやっと出た言葉は思った以上に冷たく響いて、寒椿は別に気にした風でもなくその美貌に変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「仲良い、か。そんな風に言ってはきっと岩片君が怒るだろうね」
「そんなことないだろう、アンタみたいな綺麗な男、あいつなら大歓迎だろうさ」
「君……嫉妬してるのかい? ……僕に?」
「は?嫉妬って、誰が……」
そんなわけないだろ、と顔を上げたとき、生白い手が伸びてきて頬を撫でられる。
「……それは、可愛いな」
柔らかな声で囁かれれば、背筋にぞくりと寒気のようなものが走る。咄嗟に反応に遅れたときだった。
風紀室の扉が開いた。
「ッ!!」
「……やあ、ようやく戻ってきたのか、岩片君」
背筋が凍る。咄嗟に寒椿の手を離したが、一足遅かった。風紀室に現れた岩片は、ソファーにいる俺を見て驚いたように目を丸くする。
しかし、それも一瞬。
「……ハジメを探せとは言ったが、手を出していいなんて一言も言ってねえぞ。寒椿」
「嫌だな岩片君、いつも深雪と呼んでくれと言ってるじゃないか。……それに、僕はまだ何もしてないよ」
岩片が戻ってきた。心の準備すらできてなくて、なんて言葉を掛けようか迷ってる内にやってきた岩片に肩を掴まれる。
持っていたティーカップをこぼしそうになって、慌ててそれをテーブルに置いた俺は「おい」とやつを睨む。
けど、分厚いレンズの向こうに伝わったのかはわからない。俺の睨みも無視して強引に立たせる岩片に、寒椿も困ったような顔をしてみせた。
「……岩片君、あまり乱暴な真似は」
「こいつが邪魔したな、深雪」
「っ、おい岩片、待てって。俺は寒椿と話してる途中で――って、おい!」
無視、そりゃもう清々しいくらいの。
必死にやつから逃げようとするが、掴んでくる腕はガッチリ俺を捕まえて離さない。
そのままズルズルと引きずられるようにして、俺は風紀室をあとにした。
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