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真珠

「ん…?まだ、こんなところをウロウロしてたのか」 事件は解決したものの残務処理に追われ、なかなかに帰れないでいた俺に魚住さんが声をかけてきた。 「…ウロウロって。ちょっと休憩に行ってたんですよ。ああホント俺って書類作業苦手だわ」 俺が心底イヤそうな顔をして溜め息をつくと、そんな俺の頭を魚住さんがワシャワシャと撫でてくる。 「ちょっ、何やって。髪グチャグチャにしないで下さいよ」 「ん?頑張ってる眠を労ってるだけだ」 『眠』と呼ばれてドキリとする。その呼び方は二人きりの時だけで、普段、仕事中は『茨城』だ。 俺が戸惑い頬に熱が集まるのを隠そうとすると、それに気付いた魚住さんがニヤリとする。 「どうした?『眠』顔が赤いみたいだが?」 「…分かってて言ってんだろ?タチの悪いオッサンだよな」 「…ほう?今のはどの口が言ったんだ?」 「いひゃい、いひゃい。おれれす、すみまへんれした」 加減なくほっぺを摘ままれ、すぐさま泣きを入れる俺。 離された頬を手で擦っていると、腕を掴まれ物陰へと引っ張り込まれた。 「ちょっ、なに?」 慌てる俺に構わず、ギュウッと抱き締めてくる魚住さん。 「テメェ。…ムダに可愛い反応はすんなよ」 「今ののどこが可愛いんだよ。…そんな事言うの魚住さんだけですよ」 「そうだろうな」 「う、それはそれでヒデー」 「………」 プッと吹き出す俺達。漸く魚住さんが俺から身体を離す。 「…あと、どれくらいで終わんだ?」 「ん~、一時間くらいですかね」 「30分で終わらせろ」 「へ?そんなのムリですよ。書類仕事ばっか残ってんです。さっき言ったでしょ?苦手だって」 「聞いた。だが30分だ。30分だけなら待っててやる」 何故かそうエラそうに言い放つ魚住さん。でも俺が「待つ」と言われて喜ぶのを分かってて言ってんだから、ムカツク。 「…くそーっ。30分な。ぜってー終わらせてやるから待ってろ」 俺はそう息巻くと急いで鑑識課へと戻り、残りの仕事に取りかかった。 そしてキッチリ30分で終わらせた。 「ふ、ふ~ん♪」 待っててくれた魚住さんの側にドヤ顔で立つ。 「お、終わったか。やれば出来るじゃねぇか」 そんな俺にまたしても大きな手で頭をワシャワシャと撫でてくる魚住さん。その顔は部下や年下の身内を誉める時のものだ。 「…俺、仮にも恋人だよな。その誉め方はどうなんですか」 「なんだ、不満か?じゃあ恋人にするやり方をしてやる」 そう言うと俺の三編みを手に取り、魚住さんは顔を近付けその三編みに口づけた。 「~~っ」 ゾクゾクとした快感が髪から伝わって全身に走る。俺は慌てて魚住さんから三編みを奪い返した。 「なんだ?テメェがしろって言ったからしてやったんだぜ?」 俺の反応を見てニヤニヤする魚住さんが憎たらしい。俺は赤面した顔を腕で覆いながら悪態をつく。 「……誰もそんな事頼んでねえよ。んとに、タチの悪いオッサンだな」 「オッサンオッサン言うがテメェも今度の誕生日でオッサンの仲間入りだろうが」 「いいえ~。もうとっくにオッサンの仲間入りしてます~」 はっは~、と笑いあかんべーをすると魚住さんは黙ってしまった。 どうしたのかと顔を覗き込もうとしたら、腕を掴まれ引きずられてそのまま警視庁を出た。 「なに?なに?いったいどうしちゃったんだよ。魚住さ~んっ」 引きずられながら情けない声をあげると、やや目元を赤く染めた魚住さんがチラリと俺を振り返る。 「……だからムダに可愛い反応すんなって言ってんだろうが。テメェはこのままウチに拉致だ」 と、宣言通り魚住さんの家に拉致られてしまったのだった。 事後、魚住さんが思い出したように聞いてくる。 「そうだ、テメェの誕生日の予定を立てるんだったな。で?行きたいとことか、欲しいもんはねぇのか?」 「…行きたいとこは今いるし、欲しいモノは今、もらった」 ベッドで魚住さんに抱き締められたままの俺は、少し照れくさそうにそうつぶやいた。 すると一瞬目を瞠った魚住さんが嬉しそうに笑う。 「そうか。なら今以上のモノをくれてやる。楽しみにしとけ」 そう言ってこめかみに優しいキスを落としてくれた。 俺は幸せな気分のまま夢の中へと誘われていったのだった…。

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