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第8話

「あの…俺はどうしてここに?」 「トイレで倒れている浅井さんを僕が見つけたんだ」 「ご迷惑おかけしました。それからありがとうございました」 尾川さんも偶然同じ店に来ていたのか。 「あの…ご迷惑お掛けしてしまってすみませんでした。そろそろ失礼します」 「まだいいじゃないですか」 強い力で手首を掴まれる。 「でも…」 「頭も打っているし…心配なんです」 確かに頭は打った。 心配といえば心配だ。 「ではお言葉に甘えてもう少し…」 「お茶を用意しますね」 そう言って席を立つ男を見送り、改めて部屋を見回した。 16畳位のリビングに大型テレビとダイニングテーブル、対面式キッチン…ファミリータイプのマンションか? ファミリータイプだが、ファンシーな置物は一切無い。 俺が寝ていた寝室の他に2部屋、それからバスルーム…。 一人で住むには広すぎる。 既婚者?実家暮らし? 「お待たせしました。コーヒーでよろしいですか?」 トレイにコーヒーを二つ乗せて笑顔で戻ってきた。 「はい。あの…ご家族でお住まいですか?」 「いえ…一人ですが…」 「ファミリータイプにお住まいなので…てっきり…すみません…」 気分を悪くするかと思いきや、ふふふと笑われてしまった。 「僕は独り暮らしには少し広い家に住んでいますが…恋人はいません、お付き合いしている人も。それより…」 ダイニングテーブルの正面から俺の目を射抜くように…多分見つめている。 「まだ、そんなによそよそしく話すんですか、しゅうちゃん」 ドキッとした。 「あれから何年たってると…今さらさっちゃんなんて…無理だろ」 「さっちゃんは…ないよね…。けど、哲、なら呼べるんじゃない?」 え!?呼ぶの? 「さ…とし…?」 「はい、しゅうちゃん」 「そこは修士さん、だろ」 …いい大人が…。 「また、仲良くしてくれますか?」 仲良くって…。 「あ…ああ、いいけど…」 「良かった、しゅうちゃん」 ぱあぁぁ、と表情が明るくなる。 「さ…哲、顔がよく見えないから前髪何とかしろよ」 人差し指で前髪をすくってみると、男の俺でもドキリとするイケメンだとわかった。 「哲、イケメンだな…」 思ったことがそのまま口に出てしまった。 「例えそうでも…好きな人に見てもらえなければ無意味だよ…修士さん…」 近づいてくる顔に、目が離せなかった。

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