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第16話

「キス、気持ち良さそうだね?」 うん、きもちぃ…朦朧として言葉に出したか定かでない。 キスに応えようとして深みに嵌まっていき、ネクタイに指が掛けられするりとほどかれる。 もっと…と ねだるようにシャツの袖を引いていた。 「嫌じゃないんだね?浅井…修士くん…」 自分の名前を呼ばれて胸がドキンと波打った。 霧がかかっていたような思考はクリアになり幻が現実味を帯びた。 「あ…俺…」 会社の…しかも男の人と何をしようと…。 鼓動は大きく鳴るが、頭と体は寒気を覚えた。 「…今日はここまで…かな?」 そんな俺を見て悲しそうに微笑む顔に小さく心が痛む。 「…すみません…」 「謝らなくていいよ」 頭に手を乗せ、子供にするように撫でられた。 反省を兼ねて一駅手前で電車を降り、歩いて家に向かった。 …アラサーの男が家まで送ってもらうのってどうよ? さすがにその申し出は断った。 俺は女子じゃない。 …でも、宇田島さんの誘いには乗りそうになってしまった…。 …そっちの住人だったのかな…俺…。 彼女が出来ても続かないのはこのせいなのか…? 明日はどんな顔をして宇田島さんに会えばいいのだろう…。 …会いたくねぇ…。 アルコールでふわふわしていた頭は軽く頭痛を訴えていた。 「ずるいです!」 朝一番、遠藤が俺に噛みついてきた。 「はぁ?」 何かしたっけ?と記憶を辿るが…ないよ!何も!! ズキン…頭が脈打つ。 …二日酔いが堪えるぜ。 「宇田島さんと二人で食事に行ったでしょ!」 「あぁ~あれね」 よく情報つかんだな! 「僕だって浅井さんと二人っきりで食事したいです…」 「あぁ…」 面倒くせぇなぁ…。 「今、面倒くさいとか思い入れました!?」 ぎくっ…てか、鋭いな! 「思ってない…よ」 ほんとかな、と小声で突っ込みを入れたのは無視して… 「じゃあ今日は僕とご飯に行きましょうよ」 え…。 「俺、今日は二日酔いだから日を改めてよ」 えー何で、と言いつつも 「…浅井さんの奢りですよ?」 と、あっさり引いてくれた…ほっ。 あっ! ほっ、じゃなかった。 後で宇田島さんの所に行かなきゃだった…はぁ…。

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