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第29話

「旨かった。ごちそうさま」 哲の作ったタンシチューはずいぶんと前にテレビか雑誌で見たものと違わない外見で、味も…物凄く旨かった。 厚切りのタンがほろほろと溶けるやわらかさとか、複雑に絡み合う旨味とか、何がどうこう…という言葉を抜きにして、とにかく旨かった!! 「もっと食べてよ」 コーヒーをテーブルに置いて哲が椅子に腰掛けた。 「いや、もう腹一杯」 熱いコーヒーを啜る。 「デザートもあるんだけど…お腹一杯なら風呂上がりにする?」 おい、泊まり前提かよ。 ま、会社も近いしいいんだけど。 「じゃあ、そうするわ」 もう何回も泊まっている哲の家。 勝手に風呂場へ向かうが、入ったことのない部屋の扉がほんの少しだけ開いていた。 俺は何の気なしにドアノブに手を掛けた。 閉めようとしたのに何故か指が引っ掛かって…。 暗い室内に廊下の明かりが差し込んだ。 哲の部屋? 一歩踏み込めばダブルサイズのベッド、本棚が目に入った。 フツーだな。 ドアを閉めようとした時、ベッドサイドに置かれた物に気づいた。 アレ…どこかで見たな…? 思い出せないけど…ま、いいか。 ドアを閉めて俺は風呂場へ向かった。 風呂上がりにデザートのババロアを胃に納め、すすめられるままお茶を一口飲んだ。 料理もデザートも旨かった。 前髪さえ何とかすればさぞやモテるだろうに。 テキパキと流し台を片す哲を見ながら湯のみを取ろうとして…。 あちゃー、溢した。 哲の手を止めさせるのも悪いから…自分で片づける。 「しゅうちゃんもう遅いから先に寝てて」 終わったのか哲がエプロンを外した。 「おまえまだする事あるの?」 「風呂に入って寝るよ。しゅうちゃん、そろそろ眠いんじゃない?」 俺、大人だからそれほど眠くないけど風呂から出てくるのを待つのもヘンか。 「じゃあ先に休ませてもらうよ。おやすみ」 「おやすみなさい」 弧を描く唇の奥に赤い欲望が見えた気がした。

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