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第32話

なんだか気まずい…、いや、俺は何もやましいことはない、うん。 いっそ知らない人の隣に座りたかった。 カサカサと紙を捲る音がする。 スライドが正面に写し出されているが同じものが資料として配布されているようだ。 井上はもちろん資料を手にしている。 頼んで見せてもらおうか…。 あからさまに避けるような態度はとりたくないし。 平静を保てるように深呼吸してから井上に話しかけてみる。 「資料とか配布されてるのかな?」 井上は俺と目を合わせた後、俺に自分の資料を渡してきた。 「中身は確認済みだからドーゾ」 カチーン。 …いやいや、大人の対応…。 「すまない」 ぱらぱらと中を確認して…この位ならスライドを追えば問題ない。 「ありがとう」 資料を井上の方へスライドさせるが、やんわりと押し戻されてしまう。 「いや、もういいって」 「…どうぞ」 ぐいぐい押したり戻したり…これじゃコントじゃないか! こんなやりとりがお偉方の目に止まるとマズイ…。 「あ…うん、どうもありがとう…」 負けた…。 井上から譲ってもらった資料を会議中 大人しく眺めることにした。 「…本格的な調整は週明けに行う予定です。以上」 司会者の話が終わりガタガタと席を立つ音。 「井上、助かったよ」 俺は資料を井上の前でひらひらと振り、席を立った。 井上の口が、声を出さずに動いた。 「…え?何?」 問いかけた時には、井上はもう俺に背中を向けて会議室を出ようとしていた。 手を出しかけて下ろす。 どういう意味だろう…。 『あんたって人は』 井上が俺にそう言ったように見えた。

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