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第34話

定時を過ぎ、梶さんの機嫌はあまり良くなかったが俺にはどうすることも出来ないので退勤することにした。 「今日は寄り道でもするか」 駅からさほど遠くない商業施設の本屋。 ビジネス書を手に取りパラパラと捲る。 「ん~ちょっと違うかなぁ」 俺は今抱えている案件に役立つようなモノ、という漠然とした用途で使えるような本を探していた。 「うん、無い」 見ていた本をそっと棚に戻して時計を見れば二時間近く過ぎていた。 「うっわ…こんな時間…」 久しぶりに早い時間に退勤したせいか思い切り羽を伸ばしてしまった…。 それでもまだ二十時。 「家でメシ作るか」 晩御飯のメニューを考えながら下りのエスカレーターに乗った。 近場のスーパーで食材を買い込み重い買い物袋を抱えて帰宅した。 このところ哲の家で過ごすことが多くなり、久々に台所に立つ。 「多めに作って明日の弁当に持って行こう」 上着とネクタイを外しただけの格好でエプロンを付け、まずはキャベツを刻んだ。 豚肉の生姜焼き、キンピラゴボウ、カボチャの煮物、豆腐サラダ、味噌汁を作り本日の料理は終了。 まな板を洗っているとチャイムが鳴った。 「ん?誰だ?」 訪ねて来る人もなく、通販で買い物した記憶もあるわけでなく勧誘か?と思いながらそっとドアを開けた。 「浅井…いいか?」 ドアの向こうに梶さんが立っていた。 「梶さん…どうかしたんですか?」 「ここじゃ…アレだから…」 ほんのりと顔を赤らめた梶さんが遠慮なく玄関に入り俺の肩口に顔を埋める。 「酒くさっ…だいぶ飲んでます?」 「ん~」 俺の肩に顔を擦り寄せる。 エプロンの端を掴んだ大の大人が可愛く見える。 あれ?俺、ヤバいな。

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