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第63話

「俺達も帰るか…」 「…なぁ…浅井」 振り返ると井上が視線を合わせずに俺の名を呼んだ。 「…その…二人で飲まないか?」 …え…? まさかの“ 差し飲み ”? 「…だって…井上…えぇ?」 俺の事、嫌いなんじゃないの?! やはり俺とは目を合わせないが…んんっ? 酔いが回っているんだろうか、顔が赤い。 まぁ、井上が俺をどう思っているのか知るチャンスだと思えば…。 「いいよ、どこで飲む?」 笑って返事をすれば井上は目を見開いた。 どこか近くの居酒屋…と思っていたら、近いし落ち着くから、…という理由で井上の部屋に行くことになった。 ハードル高くないか?俺は落ち着かないよ。 敵陣に乗り込む思いだよ…。 井上は駅から少し歩く所の単身者用のマンションに住んでいた。 エレベーターで上がるが遅い時間帯で他の居住者に会うことはなかった。 キョロキヨロと見回すと、ゆったりとした造りで品がいい。 家賃…高いんだろうな。 八階の角部屋が井上の部屋だった。 「上がって」 スッキリと片付いた部屋。 程よく生活感もあって…なるほど、落ち着くかも。 「その辺に座って待ってて。今用意するから」 井上はネクタイを緩めワイシャツの袖を捲る。 「おう」 俺はラグの上に敷かれたビーズクッションに体を預けた。 ナニコレ…気持ちいい…。 全身を緩く支えられてる感じがすごくイイ…。 大して仲のよくない、むしろ嫌われている奴の部屋でリラックスする俺って自分でも引くわ。 「浅井、ビールとツマミ持ってきた」 「うん、ありがとう」 さて、井上の話を聞くか。 心地いいクッションから俺は体を起こした。

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