85 / 304

第85話

「はぁ〜疲れた」 カレーライスを掬ったスプーンを口に入れられずに、ただため息が漏れる。 遠藤と梶さんに何を言われても笑顔の鉄仮面を被ったままにこやかに業務を行った。 個人的な話はスルー、呼び出しもスルー。 昼が近づく頃には二人とも諦めモードになって黙々と仕事に没頭出来た。 「まだ午後もあるんだよな〜」 午後の方が午前より時間が長い。 「…憂鬱…」 カレーライスを口に入れ、モグモグと咀嚼していると目の前の席にトレーが置かれ声を掛けられた。 「…いいかな」 「あ、どうぞ…」 井上だった。 こんな時あんまり深く付き合ってない奴だと気が楽だ。 「ここのカレー、美味くて好き」 見れば同じくカレーライス。 「俺も」 にへら、と笑いながら話しかけてくる井上に今までとは正反対の印象を受けた。 「感じが違くねぇか?」 「そうか?」 「そうだよ」 はは、と爽やかにカレーライスを食うイケメン。 食べ方も綺麗だし、何より美味そうに食う。 井上に対する好感度がうなぎ登りにアップしていく。 「これ、食べてよ」 俺のトレーに井上が牛乳寒天を置いた。 「え、悪いよ」 「いいって」 返そうとした俺の手を制する。 触れ合う指が熱い。 ドクンと鼓動が高鳴る。 「あ…ありがとう…」 「ここのはミカンが入ってるのがいいんだ」 「ミカン…?」 井上によるとフルーツが入った牛乳寒天を好んで食べるようだがなかでも缶詰のミカンが入ったのが美味いらしい。 「懐かしい味だよな」 「そーゆーモンかな」 「そーゆーモンだって」 井上とどうでもいいような話で盛り上がって、落ちていた俺の心は少し軽くなった。

ともだちにシェアしよう!