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第88話
「…そんなガキじゃ大好きな人に嫌われるだけだろ?分かれよ」
井上は哲の威嚇に狼狽えることも無く平然と説教じみた言葉を言った。
「うるさい!アンタに何が分かるんだ!」
「知るか。ガキはさっさと帰って寝ろ」
井上の辛辣な言葉に哲の右腕が上がった。
井上はそれ平然と見ている。
「ダメ…!」
咄嗟に体が動き出し哲の胸を突き飛ばしたつもりだったのに次の瞬間、顔に痛みと熱が広がった。
しくった〜!
一撃をくらってしまった…痛ぇ〜。
「浅井…だせぇ…」
尻もちを着く俺に井上は手を伸ばして助け起こす。
「…しゅうちゃん…ゴメン…」
哲がよろよろと後ずさる。
結果的に俺を傷つけてしまった事で動揺している。
「もう、帰れ。尾川」
俺は痛む頬に手を当て、井上の前に出た。
「哲、嫌いにさせるな…よ」
俺の言葉に、哲は言いかけた言葉を飲み込んだ様だった。
「帰る」
肩を落としあからさまにシュンとして、哲は俺の前から離れていった。
「…って〜!」
「大袈裟。そこまでじゃない」
哲のパンチは威力絶大で、俺の顔は赤く腫れ上がった。
…アラサー男がコレって…きっつい…!
ウチには手当するようなものが何も無く、なので仕方なく井上の家で応急処置をしてもらったのだ。
「骨は大丈夫そうだし、歯も何ともないね」
顔に湿布を貼り、手の擦過傷の消毒を終えて井上がホッとした声で言った。
「ありがとう。手当まで」
「そんなのはいいんだ。けど…」
「…けど?」
井上は湿布やらガーゼやらを手際よく救急ボックスに戻す。
「浅井、おまえ大丈夫なのか?」
…多分?大丈夫…。
思い当たる事が多すぎて、井上の言葉が胸に刺さる。
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