89 / 304

第89話

「大丈夫に…見えない?」 井上はちょっと考える素振りをして 「見えない」 と、ハッキリキッパリ言った。 「なんかさ…」 顎を指で支えるようにしてを正面から俺の顔を見据える。 「…危なっかしくて」 「どーゆー意味だよ!」 俺、男だし。 もう三十になるアラサーだぜ? 仕事だってちゃんとやってる…。 …やってるけど… 「嫌とか駄目とか言ってもいいんじゃない?」 …俺の仕事は部門間の調整が多くて… 「少しくらい嫌われてみれば?」 …波をたてる様なこと… 「いい顔ばっかりしてると…疲れるだろ?」 …そんな事… 「出来な…ッ」 井上の言い分には思い当たる事が多く、それは俺の胸に積もった何かを崩壊させた。 「…だっ…そんなの…し…しご…」 「ハイハイ」 ふわっと、包まれるように抱き締められて、その心地良さにうっとりしてしまった。 スン…と鼻を鳴らし、すりすりと井上の胸に顔を擦り付ける。 「浅井は頑張ってる」 …うん… 「だから…少し力を抜いて…ね」 …うん… 「俺に甘えてもいい…よ」 …え? 井上の顔を至近距離からマジマジと見た。 すーっと視線を外し、明後日の方向を見てる。 「…それって…?」 井上はちょっとだけ “しまった” という表情をして、頬をピンクにした。 抱かれている腕の中が急に暑くなって、俺の顔も、きっと赤く…なってる…。

ともだちにシェアしよう!