236 / 304
SS2-3 『 宇田島 美祐 』
暫く、と言ってもきっとほんの一分かそこらだったと思う。
止まっていた時間が動き出したように、水溜まりを蹴散らして彼は別棟に向かい走り出した。
「…興味深いね」
いつか彼に空を見上げていた理由を聞いたら答えてくれるだろうか。
「…ふふ」
彼のおかげで沈んでいた気持ちはどこかに行ってしまった。
「さ、仕事仕事」
再びデスクに座り、キーボードに指を踊らせた。
あの日からいつの間にか数年が過ぎ、今では浅井くん自ら僕の元に通ってくれるようになった。
ま、いちいち細かい注文をつけて僕の元に来るようにお願いしてるんだけど。
仕事は早いし丁寧だし、どんなに面倒な事を要求しても誠心誠意、笑顔で対応してくれる。
「お疲れ様です」
「お疲れっ、て、浅井くんじゃないか〜」
ちゃんと僕の席まで迎えに来てくれる。
こんなに素敵な彼なんだ。
メール何かで用を済ませたらもったいない。
「じゃ、行こうか」
さっと席を立ち、浅井くんを休憩所にエスコートした。
彼の話を聞きながら、その挙動をじっと観察する自分はいささかマトモではない、とも思う。
滑らかに説明する声の心地良さ、資料を捲る指先、呼吸の合間に見せる笑顔。
·····完璧だよ。
「なんだか凄くお世話したくなるんだよね〜浅井くんは」
·····まあ、主にベッドの上でだけど。
「まだまだ頼りなくてすみません…」
恐縮したように身を縮める姿もいい。
また会えるようにと、資料に小さな指摘をして彼の背中をつっ…と撫でた。
ともだちにシェアしよう!