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されどそれは苦難の日々 33
記憶を頼りに駅までの道のりをゆっくり歩いた。
建物の間からもう駅が見える。
「チャンスは逃したくない、か…」
そうだよな…ガツガツするのは嫌だけど、望む未来の為に自ら動く事は大切だよ、うん。
側にいられればいいなんて、綺麗事だ。
俺だってアイツが欲しい。
俺からだけじゃなくて、オレも求められたい。
どうすればいい?
どうすれば身体も心も手に入れられる?
腕を組み車窓から陽の傾きかけた空を眺めた。
数日、会議やら来客の対応やらでゆっくりと事務仕事をする時間が取れず、それは俺の浅井摂取タイムが充分に採れない事を意味していた。
「何だよ、トナー切れか?」
パソコンから事務スペースにある大型複合機にデーターを飛ばしたがパイロットランプが赤く光っている。
仕方なく交換する為に予備を手に取った。
「何コレ…デカッ!え?二色も交換?」
この複合機は図体がデカく、内蔵するトナーもそれに比例してデカい。
スプレー缶を四〜五本繋げた長さだ。
しかも交換を終えた使用済みトナーは所定の場所に置きに行かなければならない。
側に誰もいないのに安心して大きな音でチッと舌打ちをした。
「仕方ない、替えるか。…喉、乾いたな…」
そうだ、あそこにカップ式の自販機があったな。
これを口実にして片付けたらひと休みしよう。
二本纏めて肩に担ぎ、エレベーターへ向かうが前方に遠藤の姿が見え歩く速度を緩めた。
遠藤の視線は…その先にいる浅井を捉えている。
「…え、まだアイツ付きまとってたんだ」
浅井を追うように一人のモサい男がいる。
「…訳を教えて」
そう言ってモサ男が足を止めると浅井も足を止めた。
「理由は…そんなの気になる奴ができたから!」
言い切って、逃げるようにその場を去る浅井。
「…え?マジ…?」
思わず口に出してしまったら、遠藤が振り向いた。
「…コレ、どういう事ですか?梶さん…」
目の前で遠藤が俺を見上げるように睨んでいた。
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