記憶の中にいる恭は、大抵一人屋上などで本を片手に佇んでいた。彼との距離が近付いたのは、高校二年の頃の事で、それまでも気になってはいたが、話す機会に恵まれなかった。 『何の本、読んでるんだ？』 　思い切って声を掛けてみて良かったと後に思ったものだ。 　常に学年トップという優秀な成績で、男らしく整った容姿をしている恭は注目を浴びたが、当の本人は誰ともつるまず、休み時間にはいつも姿を消していた。 　そんな彼をたまたま見かけて、声を掛けた咲夜の方は、成績も容姿においても平凡を絵に描いたような生徒だったと自分では思う。 『エロ本』 　チラリとこちらを見遣った恭は、たった一言そう答えると、カバーの掛かった本の文字列へ再度視線を落としてしまった。 　普通ならばこのやりとりで、馬鹿にされたとか無視されたとか思いそうな物なのだろう。恭もきっとそれを狙ってそんな風に答えたのだろうが、当時の咲夜は更に恭への興味を深めて近付いた。 『邪魔しないから、隣に座っていい？』 　次の日には、自分も本を持って恭の元を尋ねた。 　彼は一瞬こちらを見たが、咲夜の問いには返事をせず、眼鏡を直す仕草をしてから、自分の座る隣を軽く掌で叩いて見せた。 （あの時から……始まった） 　最初は小さな好奇心。他人を寄せ付けない彼が、どういう人だが知りたかった。それから、少しずつ、少しずつ、距離は近付き会話をするようになり―― 。