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新歓2
男子トイレで充希は用を済ませ、洗面台で手を洗う。髪を少し直そうと鏡で見ていた時、大きな女子の声が聞こえた。安っぽいカラオケ店は壁が薄い。トイレで駄弁っている女子たちの会話が男子トイレにまで響いてきたのだ。
「もおーほんとなんなのー全然まゆうくんと話せないんだけどおー」
「それなーなんかうちらに興味ないって感じ」
真悠の名前が出てきて心臓が飛び出そうになる。さっきの部屋にいた女子のだれかだろう。彼女たちは会話が聞かれてるとも知らずに大きな声で愚痴を続ける。
「てかさーなにあのブス?ずっとまゆうくんの隣にいるじゃん?」
「あ、それ!まじでじゃま。まゆうくんそいついるからずっと相手にしてるし、あのブスこっちのことわかってんのに全然話振ってこないじゃん。つかえない」
「ほんとー、女子に気つかえよって感じ。ああいうやつこそいらないよね」
「まじで。まゆうくん独占して何したいの?って感じ、きもっ」
真悠の隣にいるブス・・・・自分のことだといやでも分かった。自分は彼女たちにそんな風に思われていたのかと思い胸がどんどん痛くなってくる。
(俺が行きたかったわけじゃないのに・・・!)
理不尽な暴言に充希は怒りたくて壁を思いきり蹴りつけたかったが、「あの場の邪魔でしかない自分」にどうしようもなく落ち込んだ。
そうだ、そもそも自分は初めから部外者なのだ。気を遣ってくれた遼や真悠に申し訳ない。
充希は女子トイレで会話している女子たちに気づかれないよう音を立てずにトイレから離れた。
部屋へ戻ってくると、入口の近くに遼がいた。盛り上げ疲れたのか、ソファへ大きくもたれこんでいる。
「遼」
「ん?あ、ミツキ。大丈夫か?」
「うん…。あ、でもそろそろ帰らないといけない時間だから…。お金いくら?」
「ミツキかえるのか」
遼は少ししょぼんとした顔をしたが、「だいたい1500円ぐらいだと思う」と計算してくれた。遼にお金を渡し、そっとバッグを取る。遼が外まで送ろうかと言ってくれたが、気を遣わないでくれと断った。もうこれ以上迷惑かける奴とは思われたくなかった。
「それじゃ、ミツキまた明日」
「うん」
充希は自然な風を装って部屋から去った。
確かに誰にも見つからず部屋を離れたかった。しかし、誰も自分のことを気に留めないことになぜか充希はがっかりした。
顔を下げて足早に店内を去ろうとする。
「充希っ!」
急に腕を掴まれて体ががくんと揺れた。振り返れば真悠が腕を掴んでいた。
「充希、かえるの?」
「ま、真悠…。うん、もう帰らないといけなくて…」
「そうなの?…じゃあ俺も帰ろうかな」
「えっ、そんな、俺1人帰るだけだし皆いるからさ、気遣わなくていいよ」
「ううん。俺もそろそろ帰りたいなって思ってたんだよね、ちょうどいい時間だしさ」
そういって、充希の返事なんか聞かず、皆のいる部屋に入っていく。
しばらくすると少し隙間の空いた扉から「えー!!真悠くん帰るのー?!」と女の子たちが騒いでる様子が聞こえてきた。あきらかにがっかりした雰囲気が部屋から漏れ出している。淀んだ空気感と女の子達のつまらなさそうな声が響いてきた。
(ああ、また……)
充希には、自分がいない部屋で、皆の騒いでいる声がやけにうるさく聞こえた。
疎外感と罪悪感に駆られた充希は耐えきれなくなって、その場から逃げ出してしまう。わけもわからず店を勢いよく出て繁華街を駆け抜けていく。
自分のせいでまた空気を悪くしてしまったのではないか…。自分が先に部屋を出て真悠がそれについていこうとしていたことをもし誰かが気づいていたら…。自分なんて初めから必要なかったとしたら…。
自分が何もしてないと思っても、女子たちや台無しにされた陸上部の部員たちが充希を囲んで非難してくる声が聞こえてきそうだった。
ひたすらひたすら走りながら、自分の無意味な存在と真悠の謎の執着に、充希はただただ怯えた。
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