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次の日の夜、また隣から嬌声が聞こえてきた。
もう我慢ならない。
旭日は自室を出て、隣室のチャイムを鳴らし続けた。何度鳴らしても誰も出てこなかったが関係ない。チャイム攻勢にプラスしてドアをガンガン叩く。それでも無視する気らしい。
「ちくしょう」
開くとは思えなかったがドアノブに手をかけた。ノブは拍子抜けするほど簡単に回ってドアが開いた。
部屋は当たり前だが旭日の部屋と同じ作りだ。玄関の横に小さな台所がついていて、その奥に居室がある。台所と部屋はガラス障子で区切られているはずだが、障子が少しばかり開いていて絶頂に達し終わったらしい女の背中がちらりと見えた。旭日は目を背けた。ツキヤは女の下になっていた。
「あんた!わりぃけど早く帰ってくれ」
女は我に返ったように飛び上がり、障子の隙間から旭日を見た。
「え」
汗で光る背中から繋がるうなじは太く、髪は短く刈り込まれている。がっしりとした顎にはまばらにひげが伸び始めていた。
肌しか見えていなかったのでてっきり女だと思っていたが、四十を過ぎたような中年の男だった。男はツキヤを捨て去るように立ち上がり脱いだ服を必死になって身にまとっている。
男も女もおかまいなしで一回きり。淫乱にもほどがある。
ツキヤはごそごそと起き上がり、シーツをくるんと纏うと台所の冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を飲みだした。
「誰?」
「隣だよ。うるせぇんだよ。毎回毎回」
「俺のせいじゃないよ」
そりゃまぁ、直接的にはそうだが。
「原因作ってるのはお前だろ」
ワイシャツのボタンも留めきれず、ネクタイとビジネスバッグを引っ掴んだ男は顔を隠すよううつむいて、旭日の脇を抜けて部屋を出て行った。
煙草の匂いが旭日の鼻にまとわりついた。これでこの二人は終わり、というわけか。
「今度大きな声がしたら、大家に言うからな」
「前のアパートの隣は、結構喜んでたのに」
「アホか!」
「……もしかしてゲイ?」
旭日はぐっと言葉をつまらせた。ツキヤは沈黙を肯定ととった。
「だったら今日は、いいじゃない」
「違う!そういう問題じゃねぇ!てめぇ、ぶっとばすぞ!」
旭日が罵倒すると同時に携帯電話が鳴った。ツキヤは台所の床にしゃがみこみ手だけを部屋の床に伸ばして携帯電話をとると、画面を見ることもなく電源を切って流しの上に置いた。
誰からの電話なのかはわからない。しかし旭日は怒りを覚えた。あの名前も知らない少女の改札を通り抜ける後姿が頭にちらついた。
旭日はサンダルのまま上がりこむと携帯をひっ掴み、折りたたみ式の本体を開いて床に投げ捨てて思いっきり踏みつけた。
携帯は蝶番の部分からばっきりとふたつに折れた。
ざまぁみやがれ。
どんな間抜け面をしているか見てやろう。
勢いよく顔を上げた旭日の予想は裏切られた。ツキヤは相変わらず無感動なぼぉっとした目で割れた携帯を見つめていたが、「寝るから」とだけ言って肩からシーツを引きずりながら部屋に戻ると、ガラス障子をからっと閉めて電気を消した。
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