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最初から喧嘩をするつもりで行って、一泡吹かせてやったはずなのにああも無視されると負けた気がする。いや負けたくらいならまだいい。結局わーわー騒いでいるのは旭日一人だ。少女に対して義憤めいたものを感じていただけになんだか、すごく恥ずかしい。
それにツキヤが何を考えているのかさっぱりわからないのが何とも不気味だ。
バイトを終えて部屋に戻ると、いつくるか、今くるか、文句を言いにくるのを待ち構えてしまう。『弁償しろってなら、弁償してやるよ!』と開き直ってはいたが、実際のところは少々懐具合が心もとない。
何しろまだ隣に住んでいるのだ。改札でさよならも言わずに別れるというわけにはいかない。暴れるならもうちょっと後にすればよかった。
バイト先で上には内緒で分けてもらった残り物の弁当をかっこんで、やけくそ気味にもぐもぐとしているとタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴った。
「来やがったな」
戦闘開始だ。ばしっと箸をこたつの上に叩きつけて、勢い込んでドアを開け放った。
「荷物。預かってた」
扉の向こうにはツキヤが白い息を吐きながらダンボール箱を抱えて立っていた。
「はぁ?」
「昼頃に部屋間違えて持ってきて、何回も来るの気の毒だと思って」
「勝手にサインしたのか?!」
二度あることは三度ある。というがもう勘弁してほしい。
ツキヤは昨日よりは焦点の定まった目つきをしていたが、やはり感情というものは感じられない。旭日はがくりと肩を落とした。
「……今までこんなことなかったのに」
「見たことない人だったから、新人さんかな」
「それじゃ、その人間違え続けちゃうだろ」
「あ、そうか」
初めてツキヤが感情らしきものを見せた。ぽわんと口を開けて、本当に今始めて気づいたという表情だ。
その顔は結構間抜けだった。
『何なんだ、こいつは』
ツキヤはぱくっと口を閉じると箱を旭日の方に突き出した。受け取らないわけにもいかない。すっかり毒気を抜かれた旭日はしぶしぶ箱に手をかけた。ツキヤの手がかすかに触れて思わず眉間にしわがよる。
「そんなに汚らわしい?」
ストレートな質問だ。旭日がこんな反応を見せても気づかない人は気づかない。気づく人は大抵最初軽く驚き心外だという顔をして、その後気まずげに無視する。
おそらくツキヤは自分が男も女もおかまいなしであることを理由に嫌われているのだと思っている。それは違う。滅茶苦茶な生活態度の余波を苦々しく思っているだけで、ツキヤが誰と寝ようがそれは問題ではない。
「お前が特別ってわけじゃない」
これで、伝わるだろうか。
「そう」
ツキヤは素直に返事をした。
「じゃあ」
宙に浮くような足取りで、ツキヤは出かけていった。
「……わけわからん」
伝票をもう一度確認すると、送り主は母親の名前になっていた。
「くそ、言わなきゃよかった……」
扉が閉まりきるのも待たず旭日は台所の床に箱を投げ置いた。
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