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第10話 桃太郎のヒーロー

「うぐっ」 「うわぁああ!」  もう駄目だと思った瞬間、視界を覆っていた男たちの体が吹っ飛び、叫び声が桃の耳に届いた。  夜の風が頬を伝う涙を冷やし、首筋を擽った。何が起きたのかと驚く暇もなく桃の体は熱い体温に包まれる。  それは、桃が良く知る温度で、絶望の中にいた幼い心を癒してくれる心地の良い香りだった。 「オ、ニさ、ん?」 「桃、悪いっ俺が遅かったからっ」  途切れ途切れに吐き出される言葉に桃は頷いた。背中に回された逞しい腕が、きつくきつく華奢な体を抱きしめる。額に押し付けられるオニの胸が汗ばんでいることに桃は気づいた。 「大丈夫だよ、ねえ、僕、平気だから、離して?」  ゆっくりと体を離すとオニは桃の頬を撫でた。赤く腫れた瞼、濡れた頬、捲れたシャツに脳ミソが沸く思いを生まれて初めて感じる。 「おい、てめーらっ」 「ひー!」 「綿貫のバカ3兄弟か?」  返事を聞かなくても、3人の正体は分かっていた。自分を陥れた当人たちが目の前で後ずさりをしている。  どう仕返しをしてやろうかとオニは頭を捻った。この日を待ちわびていたわけではない。できれば一生顔を合わせずに過去の思い出となってほしかった。  だが、それは桃に危険が及ぶまでの話だ。  オニの大切な少年に手を出した輩は誰であろうと許される価値などない存在だ。 「村荒らしをしたお前がのうのうとケーキ屋をやってるとはふざけた話だな」 「何を言っている。村を荒らしたのはお前らバカ3兄弟だろう」 「バカバカ言いやがんな!」  桃を背後に隠したオニは男たちを睨んだ。殴り合いの喧嘩など性に合わないが、桃を守るためならやるしかないだろう。  背中を掴む小さな指先がカタカタと触れている。これから起こるであろう暴力に桃は頭が真っ白になっていった。 「村荒らしのオニさんよー。桃太郎を騙して平和に生きてる気分はどーだぁ?」 「可哀そうにな、桃太郎は。こんな凶暴な奴に騙されてるなんてよ」 「そのうち裏切られんだぜ?店の売り上げ盗まれんじゃねーか?ははっ!もう盗んでるかもしれないな」  奥歯を噛みしめオニは背後に片手を回した。桃の小さな肩がいつも以上に冷たく感じる。  暴力を使って3人を始末するのは簡単に思えた。物理的に言っても、オニのほうが体格は大きい。それが、正解なのかは分からない。背中に張り付く桃のことを守り切れなかったら何もかも無意味となってしまう。 「もう一度鬼ヶ島送りにしてやるよっっ!」  大声で叫んだ男が拳を振りかざしてきた。  

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