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堕ちる②

 それからすぐに宿題に手をつけるでもなく、俺達はいつものように、翌日には忘れてしまうような、下らない話を続けた。  しばらくして二人、進学校ではないからそんなに大量に出されてはいない僅かな宿題に、ようやく手を伸ばした。  リュックから取り出された陽のノートはきっと、乱雑な字で、適当に書き殴られているに違いないと思っていたのに、全くその予測とは異なっていて。  細く繊細なラインの綺麗な文字で書き込まれたその内容は、逆に俺が写させて貰いたいと思うほど、丁寧に要点が纏められていた。 「...俺が教える必要、なくね?」  ちょっと苦笑して、言った。  するとヤツは、ちょっと視線をさまよわせ、それから言った。 「あまりにもアホなところを見せたら、咲夜に呆れられるかなーと思ってさぁ。  実は昨日、姉貴に見て貰ったんだよ。  ...そのまま姉貴が昔使ってたノートの方、間違えて持ってきちゃったみたい。」  ペロリと舌を出し、陽は笑った。 「....なんだ、それ。  今日俺んちに来る意味、無かったんじゃないか?」  バカバカしくなり、つい溜め息を吐き出した。 「...怒った?ごめん。」  眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな顔で、陽がこちらを上目使いで、チラリと見上げた。  あまりにも情けないその表情に、つい噴き出してしまう俺。 「怒ってねぇよ、バーカ。」  ククッと笑い、テーブル越しに陽の頭に手を伸ばし、ガシガシと撫でた。 「...良かった。」  心底ホッとした表情で、陽がふにゃりと笑う。  ...何だよ、今の顔。  あまりにも愛らしいその仕草に驚き、反射的に手を引いた。 「なんか今日の陽、いつもと感じが違うから、戸惑うわっ!」  無理矢理笑顔を作り、わざとふざけた口調で言った。  すると陽は、一瞬瞳を閉じて。  そしてその目を開けた瞬間、いつものようにヤンチャな笑みで答えた。 「そう?  なんか俺、初めて咲夜んちに来たから、テンション上がっちゃってるかもっ!」  そんなコイツの顔を見て、ようやく俺もいつもの自分を取り戻せた。 「意味、わかんねぇし...。  ほんと、バカじゃね?」  結局宿題は、陽が自力でなんとか出来そうだと判断して。  その後は二人、ゲーム大会に突入した。  陽はこういうの、得意そうだと思ったのに。  苦手というよりはメチャクチャ不慣れな感じで、下手くそだった。  カートに乗って疾走するカーレースは、俺の圧勝。 「...なんだよ。  もしかして、初めてだった?」 コントローラーの操作すらも怪しいその(つたな)さに驚き、聞いた。 「全く未経験ではないけど、あんまやったこと無いんだよね。...悪い?  練習して、絶対咲夜に勝ってやるっ!」  その宣言通り、三回目のレースでヤツは、俺の事をあっさり(くだ)した。  器用過ぎて、可愛くないヤツ!  そう思い、コントローラーを放り投げたその時。 「わーい、やったーっ!  咲夜に勝ったっ!」  先程同様、陽はふにゃりと柔らかな笑顔を浮かべ、俺の事を見上げた。  そんな姿に見惚れ、まるで魔法にかけられたみたいに無意識のうちにコイツの顎に手を伸ばして。  ...そのまま気付くと俺は、陽の唇を奪っていた。

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