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本当のアイツ②
「先生に言われて、プリント届けに来た。
...あと体調不良って聞いたから、様子見に。」
またしても少しの間が空き、それから再びドアの向こうから陽の声がした。
「そっか...わざわざ、ありがと。
体調の方は、大丈夫だよ。
こんなに遠くまで、ごめんね。
プリントは、そこに置いといて。」
完全なる、拒絶。
先日自分のやらかした事を思えば、当然なのかも知れないけれど。
でもそんなの絶対に、認めてなんかやらない。
...やれるもんか。
「俺なんかが聞いていいのか、分かんないけど。
でも陽の事なら、全部知りたい。
...なんで俺に、本当の事を言わなかった?」
俺の言葉を聞き、小さなため息をひとつ、吐き出して。
「聞いたらきっと、咲夜はもっと俺の事が嫌いになるよ。」
クスクスと笑い、陽が言う。
俺達はドアに隔てられていたため、その表情まではわからなかったけれど、きっとコイツは笑いながら、また泣いているに違いない。
そう思うと、胸が痛んだ。
「...嫌いになんか、ならないよ。
だから、聞かせろ。」
「やっぱり咲夜は、優しいね。
隠してて、ごめん。
全部ちゃんと、話すよ。
...僕もう、疲れちゃった。」
この時陽は初めて、自身の事を『俺』ではなく『僕』と言った。
そしてこれがきっと、皆が知る『明るく我が儘な、人気者の陽』ではなく、二人きりの時俺だけに見せてくれた、素の彼の姿だと...俺が好きになった『本物の陽』の姿なのだと、直感的に感じた。
ドアのノブがゆっくり回転して、中から陽が顔を覗かせた。
その表情は暗く、目の回りが赤く腫れていて、やっぱりずっと泣いていたんだということが伝わってきて、俺まで苦しくなる。
「...どうぞ、入って。」
消え入りそうなほど弱々しい声でそう呟くと、足元を見つめたまま陽はドアを大きく開け、そう促した。
「ここに友達が来る事無かったから、来客用のクッションとか置いてないんだよね。
そこで良かったら、座って。」
ベッドを指差すと、自身も床に腰を下ろし、陽は小さく笑った。
「ん、ありがと。
相変わらず、物の無い部家だな。
綺麗にしてんな!」
重たい空気を少しでも軽くしたくて、わざと明るい調子で言った。
でも陽はちょっと苦笑して、それからまた溜め息を吐いた。
「んー、基本 趣味とかもないからね。
...特別何かが欲しいとかも、ほとんど思わないし。」
クスリとまた彼は笑い、下を向いたまま言った。
「なんか、不思議な感じだね。
大きくなった君とまた、この部屋で話す日が来るだなんて。」
軽く深呼吸をひとつ、して。
陽はポツリ、ポツリと小さな声で語り始めた。
「君が引っ越しちゃった後も、しばらくの間は普通の生活が続いたよ。
...でも、小学六年生の、頭頃かな。
周りから強く薦められて、私立の中学を受験する事にしたんだ。」
話の方向性はまだあまり見えなかったけれど、ただ彼の言葉に耳を傾けた。
「結果は、合格。
...でもそこで全ての歯車が、狂い始めたんだ。」
陽はゆっくり立ち上がり、机の引き出しの奥の方から一枚の写真を取り出し、俺に手渡した。 そこには今よりも暗い髪色をした、少し幼さを残す陽の姿が写っていた。
その制服は、県内でも一二を争う、進学校のモノで。
予想外の事に驚き、またしても言葉を無くす俺。
陽は軽く肩を竦め、小さく笑った。
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