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3.世界で一番あざとい男

昨日のいわし雲はどこへ行ったのか。 「今日夕方から雨の予報だってさ」 聞いてもいないことを、僕の隣で口にするこの男。 「あぁ、そう」 シカトするのも大人気ないかなって返事してやると、すごく驚いた顔でこっちをガン見しやがる。 「ンだよ」 「いや……お喋りしてくれて嬉しいなって」 これがお喋り? ……やっぱり変な奴だ。 ―――再びどんより雲の分厚い空を見上げる。 鳥の姿も見えない。つまらない空だ。こうなりゃいっそうのこと大雨でも降り出してくれたらいいのに。 ……あ、でも傘忘れたな。前言撤回。やっぱり降るな。 「ねぇ綾真」 「だから先輩つけろっつーの。馬鹿後輩」 「ヤダ。だって名前で呼びたいし」 「僕はお断りだ」 「でも綾真は俺の事、名前で呼んでくれるじゃん」 ああ、またこの顔だ。いちいち頬を膨らませやがって。なんだ可愛こぶってるつもりか。 ……一瞬でも可愛いと錯覚をした自分をぶん殴りたい。くそっ、なにが『名前で呼びたい』だ。 頭の中に、あのアホな幼馴染の言葉が蘇る。 ……この僕が意識してるだと!? そうだ、してるさ! だって僕は。 「あ。時間だ」 そう言ってあいつはサッサと立ち上がって、荷物を持って『じゃあね、先輩』なんてにこやかに立ち去っていく。 「やっぱり僕はあいつが大嫌いだ……」 一人きりの教室で、そんな呟きが溶けて消えた。

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