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「そんなもの……」
無いと言おうとした丁度その時、玲の携帯が着信音を響かせる。
「ごめん、ちょっと待って」
遥人の腕は掴んだままで、ズボンのポケットを探った玲が、取り出したスマートフォンの画面を見たその刹那、僅かに力が緩んだ隙を逃さずに手を振り払うと、電話を耳へと運んだ彼が驚いたようにこちらを見た。
「話すことは無いんで、帰ります」
頭を下げ、一言告げてから遥人は廊下へと走り出す。
背後からは、「ごめん、今、取り込み中だから……」と、電話の相手に告げている声が聞こえてくるが、気にしてなどいられない。
――逃げないと……はやく、逃げなきゃ……。
とにかく無性に怖かった。
早く彼から離れなければ、なにか得体のしれない物に掴まるような不安に駆られ、遥人は必死に脚を動かし階段を駆け降りる。
玄関へ着いたところで、背後から足音が近付くが……掴まる訳にはいかないから、下駄箱を素通りして上履きのまま外へと出た。
遥人は見た目に比例して、運動神経も良くはないから、玲が本気を出しさえすれば敵わないことは分かっている。けれど、ここで彼から逃げ切れなければきっと酷いことになる……と、本能が訴えてきた。
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