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「アイツから聞かなかったのか? アパートは既に引き払われて荷物は全部マンションにある。だから、何か必要なものがあれば俺に言え」  それだけ話すと、彼は遥人に背を向けそのまま歩き出す。  うまく事情を飲み込めず、一瞬立ち尽くした遥人だが、少し先まで行った大雅が、こちらを振り向き手招きするのを目に映し、慌てて彼の背中を追った。  大雅の家は学校から徒歩20分ほどの場所にあり、彼が「裏口」と呼んでいる鉄の扉を開いて中へと入る。  高い塀に囲まれている敷地内には、彼の言う“離れ”と呼ばれる建物と、母屋と呼ばれる大きな屋敷が建っているが、母屋には近付かぬように言い含められていた。  話によると、離れから見て母屋の向こうに正門があるということだが、そちら側にも回らないほうがいいと言われて従っている。 「服が必要か?」  いつものように玄関を上がり、靴を揃えて立ち上がると、廊下の先で止まった大雅が再び声をかけてきた。 「いえ、そういうんじゃなくて……」  洋服は、知らない間にいくつか揃えられていたから、これ以上は必要ない。そう伝えると大雅は頷きリビングへと入っていった。  和風建築の建物ながら、リビングだけは板張りで、遥人が中へと足を進めると、ダイニングテーブルの椅子を手で引きながら、大雅が「座れ」と促してくる。

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