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 その時は、すぐに会えると思っていた遥人だが、結局そこへは二度と行かず、徐々に記憶も薄れていき――。 「ん……」  そこで唐突に夢から覚め、遥人は天井をぼんやり眺める。  昔の夢を見始めたのはつい最近になってからだが、どうしても相手の少年の名前と顔が浮かばない。  だけど、思い出せないからといって不安になる要素もないから、遥人はいったん思考を止めて布団の中で体を丸めた。  こんなにゆっくり眠れたのは、どれくらいぶりだろう。  今、遥人が滞在しているビジネスホテルは仙台にあり、予約もなしに飛び込んだのだが身分証も必要なく、宿泊代が安い割には綺麗で快適な空間だった。  昨日、遥人は生まれて初めて一人で電車に乗って移動した。  なにせ、母と暮らした地方都市では駅が遠かったせいもあり、交通の便も悪かったから誰もが車を持っていた。  だから、唯一電車に乗った経験は中学の修学旅行で京都へ行った時だけだ。  ――そういえば……。  地方都市から東京へと引っ越したときも車だったと、思い出しながら行動範囲の狭さに思わず苦笑が漏れる。 「いま……何時だろう」  ベッドヘッドへと埋め込まれているデジタル時計へ視線をやると、時刻は既に午後の一時を少し回ったところだった。  とりあえず、3日分の宿泊代はすでに支払いを済ませてあるから、チェックアウトの時間を気にする必要も今の遥人にはない。  ――嘘みたいだ。  数日前は自分の置かれた状況にただ絶望し、死にたいとまで考えたのに、一人になってゆっくり体を休めただけで、そんな思いはかなり薄れた。  高校にいた3年間、祖父の言葉の鎖によってがんじがらめにされていたが、こうも上手く事が運ぶと、檻を破って逃げ出すことは、自分自身が考えていたより、ずっと簡単な事だったんじゃないかと思えてきてしまう。 けれど……。  ――いや……ダメだ、まだ早い。  一時の自由を手に入れたことで、解放されたと喜んでしまう自分の心を自分で制し、遥人はゆっくり起きあがった。

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