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 教室にはまだほかの生徒がちらほら残っていたけれど、既に帰ってしまったのか、大雅や堀田の姿はなかった。 「……っ」  覚悟を決めて立ち上がり、鞄を肩へと掛けようとすると、「持つよ」と玲の声が聞こえて、無理矢理取り上げられてしまう。 「あの、自分で持てますから」 「いいよ。病み上がりだろ? 俺、教科書運ばないから手ぶらだし」  笑みを向けられそう告げられれてば、他の生徒の手前これ以上拒否することもままならなかった。 「あ……りがとうございます」 「おいで」  涼やかな声と優しい笑み。  きっと、端から見れば、引っ込み思案な自分を玲が気遣うように見えるのだろう。  そんな空気に耐えきれなくて、遥人は玲の後へ続く。彼の家には帰りたくないが、ここにいるのも嫌だった。 「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」  廊下を歩き始めたところで、そんな声を掛けてくるから、誰のせいだと言いたくなるが、もちろん言葉になりはしない。  今日は一日こんな調子だ。  休み時間も昼休みにも玲は側へとやってきた。そして、大した返事もできない遥人に笑みを向け、いたわりの声をかけてくるのだ。 「空が高くなった。もう秋だね」  靴を履き外へ出たところで、そんな言葉が聞こえてきたから、思わず空を見上げると……鰯雲が帯状に広がり、彼の言うとおり季節が秋へと推移していることがわかった。

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