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『あれが欲しいの?』
庭園の隅、ひっそり佇むように生えている一本の木に、遥人が視線をつい止めたのは、それが欲しいと思っていても、手に入らないものだったからだ。
――また……あの時の夢だ。
朧気に見えてきた風景が、夢であることはすぐに分かった。
なにせ、何がきっかけかは分からないけれど、最近になって見る回数が自覚できるくらい増えている。
『……そっか。なら、秋になったら一緒に採ろう』
その木の名前は柘榴といい、夏休みだったその季節には、鮮やかな橙色の綺麗な花を咲かせていたが、秋になれば美味しそうな果実が実ると知っていた。
学校からの帰り道、誰の所有地か知らないけれど、空き地のような場所にも一本同じ木が生えていた。
秋になると高学年の生徒が木へとよじ登り、美味しそうに食べているのを何度か見かけたことがあって、そんな彼らの姿を見ながら、どんな味がする果実なのかを想像する……と遥人が話すと、笑みを浮かべた少年は、『だからまた来い』と、言葉を続けた。
『あ、そうだ! ちょっと待ってて』
幼い遥人が頷き返せば、何か良いことを思いついたかのように響く少年の声。
――ダメだ。そっちに行ったら……。
見えている過去の映像に、どうしようもなく胸がざわつく。
木へと向かって走りはじめた少年の姿を瞳に映し、夢と知りながらも遥人は必死に止めようとするが、声は音にはならなかった。
そして――。
『あぶないよ!』
不安げに叫ぶ幼い遥人へ、
『平気だよ』
と返事をしながら、少年は幹へと足をかけ――。
――ダメ……危ないっ!
何故、こんなに大切なことを自分は忘れてしまっていたのだろう? 彼はこの時、自分のために花をとろうとしてくれたのだ。
「……ダメ、ダメだ、登っちゃ……」
「何がダメなの?」
「あっ……あ゛あっ!」
不意に現実へと引き戻され、鋭い愉悦に遥人は喘いだ。
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