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そして、「少しだけ、話をさせて頂きたいのですが」と、真剣な顔で言いながら、顔写真付きの身分証を提示してくるものだから、そこまでして引き留めたがる理由を知りたくなってしまう。
「白鳥……あかつきさん?」
「アキって読みます。白鳥暁、偽名みたいですよね」
「そんなことは……」
自分と同じ大学の、大学院に在学していることを示す学生証に、肩の力が少し抜けるが、彼とは一度の面識もなく、声を掛けられる理由が全く頭の中に浮かばなかった。
「実は、君のお兄さん、御園唯人のことで話したいことがあるんだ。少しだけ、時間を貰えないかな?怪しいと思うなら、そこのカフェでもいい。あそこなら、そこそこ人目もあるし」
「兄……ですか」
思いも寄らない人物の名が、彼の口から飛び出したことに戸惑うが、少しくらいなら話を聞いてもいいんじゃないかと思えてしまう。
それほどに、目の前の男は一生懸命に見えたのだ。
――帰ってくるのは七時くらいだから……。
「少しなら」
時計を確認しながら告げれば「本当に? ありがとう」と、嬉しげな笑顔を見せるから、ついつい遥人も口角を緩め口元に笑みを浮かべてしまう。とはいっても、高校時代ほとんど表情筋を使っていなかったせいで、端から見ればその変化は、ほんの僅かなものだったけれど――。
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