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 ――消えたい。いなくなりたい……。  むせかえるような雄の匂いと、注がれ続ける快楽のなか、幾度も精を受け止めながら、何度も何度も“消え去りたい”と呪文のように心で唱えた。 『もう十分だろう』 『そうかな……玲はもっと……』  徐々に遠のく意識の中、二人の会話が聞こえてくるが、なにもかもがもうどうでもよくなり遥人は虚ろに空を見る。  ――あれは……なに? 「あっ……うぅ」  達しても尚、質量をもったペニスを中からズルリと引き抜き、上から退いた大雅がこちらへ背中を向けたその瞬間……涙の膜の向こう側に、鮮やかな模様が見えた気がしたが、それが何かを考える前に遥人の視界はプツリと切れた。  *** 『遥人、あの子にはもう会えないの』  神妙な表情をした母親が、そう言いながら遥人の身体をギュッと強く抱き締めてくる。  大好きだった母親は、既にこの世のものではない。だから、感覚的にこれはいつもの夢なのだろうと遥人は思った。  幼かったあの夏の日。  遥人のために花を取ろうとしてくれた少年は、柘榴の木の高い場所から足を滑らせ落下した。  ――どうして、忘れていたんだろう?  切れ切れになった映像が、まるで映画を観ているみたいに瞼の裏へと映し出される。  慌てて駆け寄り声を掛けても、ピクリとも動かない少年。  だから、大きな声で助けを呼べば、沢山の大人たちがすぐに周りへと集まってきて、少しすると救急車の音がこちらへ近づいてきた。  ――俺の、せいだ……。  救急隊が彼を囲い、少ししてから担架に乗せられた少年が、動けずに立ち尽くしたままでいる遥人の前を通り過ぎる。  この時、彼の掌にしっかりと握られていたのは、鮮やかな橙色。  意識がすでに戻っていたのか、強い瞳がこちらを真っ直ぐ見つめていた。  そして、微かに動いた唇が、『ずっと一緒』と言葉を紡ぐ。 

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