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会話が成立しないことに、憤っても仕方がない。
「まだ早い。もう少し寝てろ」
うなじを指でツッと撫でながら命じてくるその声は、低いけれども微かな甘みを帯びていて……だからというわけではないが、遥人は小さく頷き返した。
――逆らっても……しょうがない。
少しの間黙っていると、徐々に夜目がきいてきて、暗がりの中に玲の綺麗な寝顔が浮かび上がってくる。
――なんで、こんな……。
彼は今日、体調が悪かったはずだ。
しかも、点滴をしていたくらいだから、ちょっとやそっとじゃないはずだ。
――そういえば、あのときも。
高校時代、最後に彼を見たときも、顔色が悪かったことを遥人はふと思いだす。
自分以外の人々からは、穏やかな秀才という評価を受けていたけれど、遥人に接するときの玲は、それとはまるで逆だった。
遥人自身、理由も分からぬ苦手意識と、彼から受けた仕打ちの酷さに、逃げようとばかりしていたが、じっと寝顔を見つめている内、彼の考えを知りたいなどという考えが、心の奥に芽吹きはじめてきてしまう。
――やめよう。
いましがた、玲との会話が成立しないことを再認識したばかりだ。彼のことを理解なんて出来るはずもないだろう。
逃げ出すことも難しいようなこの状況では、じっと耐え、機会を伺うしかないように思われた。
――考えちゃダメだ。
大雅のことも、会ったことのない兄のことも、考えだしたら空しくなる。心の支えを失った今、遥人の胸は言いようのない空虚感に満たされていた。
それから……玲の寝顔を瞳に映し、ぼんやりしていた遥人だが、途中で胸へと強く抱き込まれ彼の心臓の音を聞く内、眠気はなかったはずなのに、瞼が重たくなってくる。
――同じ人間って……思っちゃ……いけない。
思考はだいぶ鈍っていたが、そのことだけは勘違いしないようにと心に刻み込み、遥人はそのまま深い眠りへと落ちるように吸い込まれた。
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