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「ゆっくり。そう……上手ですよ」
背中を撫でる手の感触と、鼓膜を揺らす男の声。そして、生理的な涙で滲む視界へと映る白い器。
今、遥人がさせられているのは、目の前にある器から、匙で掬った粥を口へと運ぶだけの行為だが、飲み込もうとするたびに、喉が締まって噎(む)せてしまう。
正直、食べるという行為にここまで苦しむなんて思わなかった。
「……うっ」
「もう一回、頑張りましょうか」
「も……いいです」
何度も咳きこみながら数回それを嚥下した遥人だが、これ以上は無理だと悟り、傍らに立つ男へ訴える。
すると、眉根を僅かに寄せた男は、遥人の背中をトントンと叩き、
「仕方ないですね。ならば点滴にしますか?」
と柔らかいけれど、どこか冷たく響く声音で訊ねてきた。
「点滴は……嫌です」
消え入るような小さな声で拒絶を示した遥人の耳に、はっきりとしたため息の音が聞こえてくる。見えない圧力にビクリと体を震わせながら、もう少しだけ食べてみようと匙で粥をすくい取ると、
「全部食べればしませんよ」
抑揚もなく告げた男は、震える遥人の薄い背中を優しい手つきで擦りはじめた。
春日と呼ばれるこの男は、自らのことを玲の執事だと言っている。
だが、玲とのやりとりを見ていると、ただ従順というわけではなく、見た目は全く似ていないけれど堀田と重なる部分があった。
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