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 すると、思いもよらず、褒めるように髪をくしゃくしゃと撫でられる。 「あの、勉強……」  そんな春日の行動によって警戒心が僅かに(ほぐ)れ、『勉強がしたい』と彼に頼んでみようと口を開くが、ちょうどその時、突然部屋のドアが大きく開かれたから、響いた大きな音に怯んで遥人は声を飲み込んだ。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「遥人、おかえりは?」 「あ、おかえり……なさい」  開いたドアを後ろ手で閉め、歩み寄ってくる玲の姿に、遥人は一瞬硬直するが、それでも声を絞り出したのは、経験からくる条件反射によるものだった。 「いい子にしてた?」  隣の椅子へと座った玲は、機嫌がいいのか笑みを浮かべて遥人の頬へと触れてくる。 「はい。今日は全て食べました」  言葉に詰まった遥人の代わりに春日が彼の質問に答え、テーブル上のグラスと陶器を優美な所作で片付けはじめた。 「えらいな。喉はまだ痛い?」  遥人が素直に頷き返せば、人差し指で唇をなぞられ「開いて見せて」と告げられる。  こんな時、抵抗するのは得策じゃないと分かっているから、遥人はなんとか唇を開き、命じられるまま舌を突き出した。  

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