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第六章
【第六章】
「お先に失礼します」
「お疲れさま。週末はゆっくり休めよ」
荷物をまとめて席を立ち、向かいの席で仕事をしている年上の社員へ頭を下げると、パソコン画面を凝視していた男がこちらへと顔を向け、人なつっこい笑みを浮かべて「また来週」と告げてくる。
彼の名前は秋山といい、『とうとう30歳になった』と、先月はかなり嘆いていた。体が大きく風格があり、黙っていれば強面だが、本当は優しい人物であると遥人にはもう分かっている。
ここで働くようになってからは、ずっと指導してくれているが、彼が声を荒げたところを一度も目にしたことが無かった。
今、遥人は、片田舎にある大きな工場内の事務棟で働いている。
正社員での採用ではなく、派遣社員という立場だが、一年ほどが過ぎた今では、だいぶ職場の環境に慣れた。
「桜井君、あの話、来週までには考えておいてくれよ」
退出しようとドアを開けば、年輩の所長に声を掛けられる。
その内容については先ほど話を聞いたばかりだったから、「分かりました」と短く答え、遥人は事務棟をあとにした。
季節は春。五月も下旬を迎えているから、六時を過ぎた今の時間でも、まだ陽は沈みきっていない。
徒歩で帰る道すがら、視線を周囲の景色へ向けると、冬とは違い、生き生きとした若葉の青が冴えていた。
――夕飯の材料、買って帰ろう。
田舎とはいえ、工場自体は幹線道路の脇にあるから、車通りも割合多く、少し歩けばスーパーなどの商業施設も充実している。
だから、免許を持たない遥人だが、生活するのにそれほど不便は感じなかった。
――あれから、3年……か。
時の流れに思いを馳せ、遥人は足元へ視線を落とす。
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