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――今日も……泊まっていくのかな。
スムーズに動き出した車外の景色を瞳の中へと映し、それから遥人はおずおずと、右側に座る大雅の横顔へ視線を動かす。
車の種類は分からないけれど、スタイリッシュなスポーツタイプの青い車は、運転している大雅の姿を、以前よりさらに大人びて見せた。
「いつもの居酒屋でいいか?」
「はい」
交わした短い会話から、大雅は今日も泊まっていくのだと理解して胸が鼓動を速める。
それは、過去に彼へと抱いていたような淡い恋慕の情からではなく、緊張と罪悪感とがない交ぜになった感情からくるものだった。
大雅は時折連絡も無しに、遥人の前へと現れる。
スマートフォンの位置測定で居場所は常に知られているが、それを遥人が不快に思ったことはこれまで一度もなかった。
なにせ、彼らには多大な恩があるし、自分の身を案じての措置という説明も受けている。それに、彼らの助けがなかったら、遥人は今、こうして穏やかに暮らせてなどいないはずだ。
戸籍も動かさず、姓を桜井に変えて遥人が働けているのも、一人暮らしができているのも、医師の長瀬と同級生の真鍋、そして、大雅が動いてくれたおかげだ。
「ぜんぜん物が増えないな」
「そうかな。本はたまに買うんですけど」
居酒屋から代行を利用して帰ってきたのが10時過ぎ。食事中には仕事のことを質問されたり、誰か遊びに行くような相手が出来たのかを聞かれたりした。
職場の社員はみんな年上で、おまけに既婚者ばかりだから、親切な人ばかりではあるが、個人としての付き合いはない。そう伝えると、大雅は僅かにその表情を曇らせたけれど、それ以上は何も言わずに「もっと食え」と、食事を勧めた。
こんな、面白味のない遥人の話を大雅が聞きたがる理由としては、彼の親族が経営している派遣会社を通して働いているからだろう。
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