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「そういえば桜井君、この前の話はどうなったんだ?」
六月半ばの金曜日。今日、遥人は上司の秋山と東京にある会社の本社を訪れていた。
その帰り、飲んで帰ろうと誘われた遥人は、彼と一緒にチェーン展開をしている居酒屋へと入ったが、座ると同時にそう尋ねられ、意図が分からず首を傾げる。
「この前の話って……何ですか?」
「社員登用の件だよ。所長から言われたろ? あれ、俺が推薦したんだ」
「え? そうだったんですか? それは……ありがとうございます」
そうだったのかと驚きながらも、彼の厚意に礼を告げると、大きな体をテーブルの上へ乗り出した彼は「で、どうするんだ」と遥人に答えを促してきた。
「今日の出張だって、桜井君がメインでやってる仕事の研修だから、派遣会社に断りを入れて連れてきたけど、本心を言えば正社員になってほしい。その方が……俺が楽だ」
そう言ったあとに笑った彼が、運ばれてきたジョッキのビールを一気に飲み干す姿を見ながら、秋山は本当にいい人だと遥人は思う。
けれど、現実的に社員になるのは無理だから、彼の厚意を踏みにじることに少なからず胸が痛んだ。
五月の下旬、所長に呼ばれて正社員にならないかという打診を受けた。その答えを保留にしてからそろそろ二週間が経つ。
ちょうどその日に大雅が来たから相談してはみたものの、難しいなと言われてしまえば納得するしか道はなかった。
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