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 それを一度は伝えたのだが、派遣会社には自分が話をつけるから、もう少しだけ考えるようにと所長からは言われている。  そんな所長には申し訳ないが、どうしても、正社員にはなれない理由が遥人にはあった。 「あのさ、足のこと気にしてるなら、仕事とそれは関係ないから」  彼の言葉に頷きながら、遥人も飲み物を口へと運ぶ。アルコールの類は飲まないと決めているから、渇いた喉を潤すためにソフトドリンクを注文した。  確かに……足が不自由な遥人にとって、繁忙期に現場の手伝いが出来ないことは心苦しく、さまざまな仕事がこなせないならば社員になんてなれないと思う。  それに、遥人は名前を偽っている。  これは、大雅の親族が経営している派遣会社へ、取りはからってもらったことだが、もしこのことが明るみになれば迷惑をかけてしまうだろう。 「桜井君はあんまり喋らないけど、コツコツと頑張ってる姿はみんなが見てる。だからもっと自信を持っていい。今月中には答えるって所長に言ったんだろう?」 「はい」 「だったらこれ以上は聞かないけど、あんま気を遣いすぎないで、自分の事だけ考えろよ」 「ありがとうございます」  2杯目のジョッキを片手に持ち、笑みを浮かべる秋山の姿に、遥人は内心ホッとしながらソフトドリンクを一口啜った。

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