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「あの先輩、馬鹿? 特急専用ホームで偶然知り合いに会ったとしたら、当然同じ列車に乗るって思わないか?」  改札を出ても腕は離してもらえない。尊敬している秋山のことをバカだと言われて腹は立ったが、遥人は何も答えられずに脚を必死に動かした。  玲本人には早歩きという意識は無いのだろうけれど、遥人にとってはついていくだけで精一杯の状況だ。 「ああ、ごめん」  エスカレーターに乗る直前、どうやらそれに気が付いたらしい玲は速度を緩めるが、そんな気遣いも遥人の気持ちを落ち着かせる材料にはならない。  緊張のあまり、心臓がまるで早鐘のようにドクドクと鳴り響いていた。 「玲、腕……離して。あと鞄を……返してください」  息を整えてそう告げたけれど、声は微かに震えている。逃げようもないのだから、せめて腕だけでも離して欲しかった。 「足元、気をつけて」  返事をしては貰えなかったが、腕から手が離される。エスカレーターで1階へと降り、玲に(いざな)われ進んだ先に、佇んでいた人物を見て思わず遥人は目を見開いた。   「これ、ロッカーに入れておいて」 「承知しました」  玲に命じられ、遥人の鞄を両手で受け取り去っていくのは、体格のいいスーツ姿の見たことのない男だが、残されたほうの人物の事を遥人はよく知っている。 「お久しぶりです」  以前よりも少し痩せたか? タイトなスーツに身を包んでいる小柄な男は春日といい、玲の側近という立場ながら、三年前に遥人を救出する際には、協力を申し出たのだと以前大雅が教えてくれた。  その後の去就は聞いていないが、今、ここに姿を見せたということは、彼の裏切りは玲に知られていないということなのだろうか?

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