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「車は?」
「こちらです」
春日に向かって頭を下げる遥人の腰を抱くようにして、駅の外、車道に見える車の方へと玲が再び歩き出す。心得たようにドアを開いた春日と一瞬視線が絡むが、その瞳からなんらかの情を伺い知ることは出来なかった。
後部座席へと先に押し込まれ、体勢を崩した遥人は座席の上へと倒れ込む。次いで乗り込んだ玲に体を引き起こされ、衝撃に軽く咳込んでいると、運転席へ座った春日がすぐに車を発進させた。
「心配した。生きててよかった」
「……え……あ」
遥人の背中をさすった玲が、思いもよらないことを言うから、遥人はまたもや動揺し、返す言葉に詰まってしまう。
「ずっと捜してたけど、見つからなかった。遥人は? 怪我の治療が長引いた? 見張られてて帰れなかった? まさか、攫われたんじゃなくて、逃げたとか……そんな訳、無いよな」
甘さを纏った玲の声音に、背筋がざわりと総毛立つ。強く体を抱きしめられれば、狭い空間に逃げ場所もない。
「GPSは遠ざけたから、安心していい」
「玲、俺は……」
逃げたのだ……と答えなければ、また同じことの繰り返しだ。だから、遥人は玲の胸を強く押し、その端正な顔を見上げた。
すると、何が可笑しいのか玲はククッと喉を鳴らして笑ってみせる。
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