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「降りて」
「あ……はい」
玲に誘われ車外へと出れば、背後にあるシャッターは既に降ろされてしまっており、少しでいいから外の景色を見れば良かったと後悔した。
「こっち」
手招きをされて後に続くと、シャッターとは反対側の壁には鉄製の扉があり、すぐ脇についたタッチパネルを春日が手早く操作している。
「どうぞ」
声と同時に扉が横へとスライドし、中から柔らかな光が零れた。玲に続いて頭を下げている春日の横を通り抜け、彼も当然入るものだと思った遥人が振り返ると、音もなく扉が閉まりはじめたから少なからず動揺した。
「あ、あの……」
「春日は明後日迎えに来る。俺と話すのに関係ないだろ」
「ここはどこですか?」
白を基調に整えられた広い部屋には、ソファーとテーブル、それからベッドが備え付けられており、入り口から見て対面側にはドアが二つ、それからクローゼットが見える。
「ここ? 場所は駅の近くだけど、そんなことよりスーツ、皺になるから脱いだ方がいい」
先に奥へと歩いた玲が、クローゼットを開いてこちらを振り返るけれど、遥人は首を左右へ振った。
「話が終わったら……帰ります。だから、このままで大丈夫です」
平静を装ってはいるけれど、二人きりの状況に当然恐怖は覚えている。けれど、どの時点で逃げたとしても、捕まっていたに違いないし、例え一時は逃げ仰せても、向き合わなかった自分自身に後悔の念を抱いただろう。それに――。
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