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 ――心配してたって、言ってた。  三年前、意識を失う直前に見た玲の辛そうな表情が……急に鮮明に蘇ってきて遥人の胸がジクリと痛んだ。  あの時、遥人が彼に抱いた感情もはっきりと覚えている。    遥人は玲を抱きしめたいと思ったのだ。  入院中、長瀬の勧めでカウンセリングを受けた際、話を聞いたカウンセラーは、長く監禁されたことによるストックホルム症候群だと診断した。玲へと依存するように、感情をコントロールされたとも言われており、遥人もそうだと思っている。  けれど、だからといって、自分が抱いた気持ちそのものを消し去ることもできずにいた。 「そう」  クローゼットを閉めた玲が、こちらへと歩み寄ってくる。後ずさりしそうになる体を、必死に留めて立っていると、すぐ近くまでやってきた玲が遥人の肩へと手を乗せて、「スーツ姿も新鮮だけど、サイズがあんまり合ってないな」と長身を屈め耳のすぐ側で囁いた。 「そんなこと……」 「残念だけど明後日まで迎えは来ない。さっき言ったろ」 「迎えはいりません。自分で帰れます。だから、話を……」 「わかった。なら、話をしようか」  こうも穏やかに事が進むとは思ってもいなかったから、驚きながらも遥人は小さく安堵の息を吐き出す。  と、次の瞬間……肩から掌を離した玲にネクタイを強い力で引かれ、状況を理解する間もないまま遥人の体は前へと倒れた。

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